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2008年8月

パリ編5、インターネット

 ここフランスでは無線によるインターネット接続が主なようです。マクドナルド、スターバックスではパソコンの持ち込みでインターネットをしている人の姿をよくみます。駅、公園、図書館などの公共の場でも、無線接続の出来るパソコンなら、OK、と旅行ガイドブック(地球の歩き方)でも紹介されていましたが、実際に無線WIFIゾーンでためしてみたところ、モンパルナス駅は電波は強いものの、接続のためには3ユーロのプリペイドカードが必要となり(そのカードにあるコード入力が必要です)、場所によっては曜日、時間限定であったり、接続のためにはフランス語か英語の説明に従う必要があったりで、だれでも、いつでも、というわけにもいきませんでした。

 マクドナルドではパソコン音痴の私でも簡単に接続できましたが、利用するため、ハンバーガーを注文しました。数年ぶりにマクドナルドで食べましたが、お馴染みの胡麻つきバーンズパンではない、フランスのかたいパンのハンバーガーは悪くはありませんでした。

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パリ編5、フランスの野菜

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 観光でフランスに滞在している時にはあまり気にならなかった物価には、生活するとなると、ケーキの価格の地区差、外食の不経済さが当たり前のことながら、細かくなります。

 最初に滞在した地方都市トウールとついつい較べてしまうのですが、自炊するとなると安上がりなので、まずはアパートにはない煮込み用の直径24cmの鍋を買いました。クルーゼの重い鍋を、と思ったのですが、あまりの高価格であきらめ、大手スーパー、モノプリで手頃なものにしました。

 ウサギの骨付きもも肉と缶詰めのグリーンピースとミニキャロットの蒸し煮を最初に、それからちりちりとした葉のキャベツでロールキャベツ、丸いズッキーニと酸味の強いトマトで肉詰めの白ワイン煮、夏野菜の南仏煮込みのラタトウイユ、とここでしか買えない食材で作ってみました。

 トマトは丸いもの、房のまま売られているミニトマト、楕円形のもの、と形にバラエテイはありますが、酸味が強く、果肉もしっかりしていて煮込んでも崩れません。マルシェで、緑かかったクマト、という名で売られていた小粒のトマトをみつけました。ブルターニュの特産品で、甘く、日本では塩トマト、として売られているものと似ています。キャベツは柔らかくなるまで時間はかかりますが、糸でしばらなくてもきれいなかたちのままで煮上がり、キャベツ独特の香りもうすく、日本のキャベツみたいにすぐ煮崩れしません。お菓子ではよくつかわれるへーゼルナッツですが、殻を割って生の実を食べることも知りました。

 ウサギ肉は日本では冷凍の骨付き胴体のカットされtものしか買えなかったのですが、ここでは、骨付きもも肉が安くはなくてもごく普通のスーパーでも買えます。缶詰めのグリーンピースとミニキャロットの蒸し煮はトウールでステイ先のマダムからもらったものですが私のお気に入りでもあります。野菜の缶詰めはとてもおいしいものが多く、便利です。

 次は、フランスの果物について書いてみます。

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パリ編4、製菓学校の授業スタート

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 パリに到着して3日目に製菓学校のコースが始まりました。12週間、ここで学ぶのだ、とホームシックが吹っ飛ぶ思いで15区にある学校に登校しました。一度は行った事がある所なのに、道を間違えかけたりで、集合時間に間に合ったものの、クラスでは最後の到着になってしまいました。

 第1週目の担当はオーストラリア出身のジェニファー先生で、フランス語はもちろん流暢ですが、英語でも説明してくださいます。クラスメートは私もいれて合計6人で、フランス人はパリ郊外に住んでいるジェローム、アメリカからやってきたマンダレナ、ジャステイン、この二人はアジア系です。日本人は神戸出身の妻鹿氏、大阪出身で、フランスに1年前から滞在しているえりかさんです。

 すこしホームシック気味で、フランス語能力に自信をなくしていたのですが、ここにきて、やっとほっとできました。トウールにいたときは、日本の生活をどこかで引きずっていましたが、ここはフランスなのだから、ここのやり方、習慣に従おう、いろいろトラブルがあったとしても、めげずにいよう、と思いつつも、足手まといの困ったおばさんとみられるような振る舞いをしてばかりの私でした。せめて、しゃんと立っていたいです。

 授業は、金曜日は午前中のみで、あとは朝8時30分開始、時々休憩もありますが、昼休みの1時間がすむと夕方5時過ぎまででした。一日の終わりには、教室をキチンときれいにし、(床ふきはしない)、着替えて学校を出るころは6時近くになります。講習はシューの製品、エクレア、ルリジュース、サントノーレ、パリブレスト、ミルフォイユ、ガトーオペラといったクラシックなフランス菓子、それにクレームブリュレ、クレーム・カラメル(いわゆるカスタード・プリン)、お米をミルクと砂糖、オレンジ表皮すりおろしとバニラで煮込んでからクレーム・シャンテイを混ぜた、又はババロア生地と混ぜたデザートでした。

 金曜日には時々テストをする、ということなので、緊張しています。(日は未定です)

 自分がいかになにも出来ないか、すぐ人に頼ったり、甘えたりで、この齢では情けないと今までの旅行や一週間の短期講習では気がつかなかった自分のいやな面を見てしまった一週間でした。でもここに来て良かったと思える時間を過ごすためには自覚が必要でもあります。週末は掃除、洗濯、マルシェでの買い物、とやることは多いですが、来週のためにできるだけそとで人と接するようにします。

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パリ編3、パリで食べたケーキ

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 ここパリはどこのお店もケーキが高いというわけではなく、私の住んでいる界隈では、トウールとあまり値段の差がありすぎてびっくり、なんてことはありませんが、観光スポットにはサロン・ド・テのあるお洒落な素敵なお店が多くてそこに来てみれば、ああ高いなと思いました。観光客としてきているのなら払えるけど、生活をしていると2の足をふみます。

 それでも、食べてみたのが、オペラ座の前にあるカフェのミルフォイユ、モンブランで有名なアンジェリーナのミルフォイユです。トウールのお店では表面にフォンダンがかかり、屋羽根模様が書かれていて教科書通りだけどクラシックだな、と思いましたが、ここではどこか洗練されてみえたのは、気のせいでしょうか。場所にもよると思いますが、これからあれこれ探してみたいです。

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パリ編2、エッフェル搭に登りました

 ここパリは観光の街だけあって、各国から多くの旅行者が訪れます。トウールにも旅行者は多かったのですが、なにか雰囲気が違うようです。

 ケーキ屋さんは到着後2日目に早速、見つけました。私のアパートは、通りの名前、  ANKARA(トルコ大使の名前)で想像できるように、トルコ大使館がすぐ近くにあり、通りを隔てて向かいには公園があります。そこで、お散歩の最中のロシアンブルーの猫君に会いました。彼とは昨日にも別のところで初めて会っているので思いがけない再会で、嬉しくなりました。静かな住宅地ですが少しあるいてメインストリートともいえるパッシー通りにでると、ホテルが並び(デラックスホテルではありませんが)、八百屋さん、大手スーパー、ワイン屋さん、と生活のにおいがするところがあり、ケーキ屋さんも2軒あって、値段もトウールよりは少し高いくらいで、クロワッサン、ブリオッシュといったバゲットよりは高い商品もギョとする値段ではなく、週末の朝食に買えそうです。

 パリに来たのだから、と今までいったことのなかったエッフェル搭に登ろう、と朝10時に到着したところ、すでに行列が4本の塔の脚部を取り巻くようにしてずらっと並んでいて、高所恐怖症の私には300mある塔のてっぺん近くまでいくのは無理だと、一番低い1階にしました。エレベーターではなく階段を登ったのですが、ケルンの大聖堂の塔の階段よりは楽に登れました。そこにはポストがあって、ここで郵便物を出すとエッフェル搭のスタンプがつく、と聞いていましたので、2通のエア・メールを出しました。

 明日18日から、製菓学校での研修が始まります。がんばりたいです。なにかしていればホームシックなどなくなるし、前向きになれる、と思います。

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パリ編1、パリは今、バカンスです

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 4週間滞在したトウールは、私にとって、忘れられない街になりました。お世話になったステイ先のお二人にお別れするのはとても悲しくて、子供みたいに抱きついてぽろぽろ涙をこぼしてしまいました。

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 パリでの生活はトウールよりは最初からなにか不安で、異国にいてフランス語を喋って生活しているのに、なぜか、違和感を感じなかったのが、ここパリに来た時、ああ、私は遠い異国でたった一人なのだ、といままで旅行では感じなかった思いにとらわれ、トウールでの生活、日本にいる家族のことを思い、涙がにじんでくるのを止められず、これがホームシックというものか、と感じました。パリに知り合いはいるし、いまや、日本人サポートシステムが機能している日本人コミュ二テイはあるのでそこにかけこめばなんとかなる、ということはあっても、ここで私はたった一人とついついそこに考えがいってしまいます。18日から学校が始まるので、そうなれば余計な事を考えずにすむでしょう。

 パリでの問題は、思ってもいなかったことばかりで、どうしたら事態がいい方向に向かうか、私が立ち向かわねばならない事がいっぱいのように今は思っています。

 パリはバカンスシーズンとあって観光客の街になっているようです。フランス人はバカンスででかけているせいか、私が住んでいるアパートもその周辺も静かです。観光スポットには多くの賑わいがあり、トウールとは又違った雰囲気です。

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トウール編、いよいよパリへ

 フランスに到着し、最初の地トウールでの滞在はやるべきこと、やることが多く、長いと思っていた4週間は短く感じられるくらいでした。ホームステイの経験をしたことも、旅行者ではなく生活を送ったことも書ききれない位の思い出だらけです。
 フランス語の実力がどの程度伸びたかは判断しかねますが、日本で生活している時と同様の私の会話の問題点がフランス語でも出てしまっているのが自覚できました。
 注意すべき点が分かっているのならこれからのパリでの生活も常にそれを自覚をしていれば問題が出てしまった時の対処もできるし、相談できる方もいるので頑張っていきたいです。
 ステイ先のマダム、ムッシュウ、語学学校の先生、クラスメイト、この美しい街とも別れるのは名残惜しいのですが、いよいよ本来の目的の製菓研修がスタートします。それに心躍らせています。

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トウール編15、カメさんの話

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 私がお世話になっているステイ先には近所に猫を飼っているところが2軒あります。一匹は黒猫、もう一匹は茶色と黒と白の混じったような毛並みでふさふさした尻尾のある大変立派な体格の猫です。残念ながら時々屋根の上を歩いていたり、庭を横切っていくのを観ているだけで近寄れません。

 その庭には36年前からすみついているカメさんがいます。カメ氏かカメ女史かはわかりません。フランス語ではカメは女性名詞です。ステイ先のムッシュウにもマダムのもペットのような存在で、ときどきえさとしてきゅうりやメロンなど庭に置いてあります。

 このカメさんは暑いうちは陰にいて、少しは涼しくなるころには木の植え込みの下を散歩しています。ときには庭をうろうろとしています。カメがのろい、とはいえないな、とその行動範囲とそれにかかる時間をみておもいます。

 語学学校にはカメ2匹が飼われています。日本在住種とは違い、アメリカ大陸に生息するカメのようです。

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トウール編14、シノンの街

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 一度は訪れてみたかったシノン城、少しの心残りはありましたが、ジャンヌダルク美術館となっている塔にも登り、そこにある鐘がお城のある山の麓にある教会が4時の鐘を鳴らした時、それに共鳴するかのように鳴るのを塔のてっぺんで聞いた時、かつてジャンヌダルクもこの音色を聞いたのかしら、きっと信心深い彼女はひざまずいたのではないかしら、とあれこれ想像していました。

 2つある階段を降りた麓はシノン市の中心部で市役所があります。丁度そこを通りすぎようとした時ですが、2組の夫婦が結婚式を終えて花やリボンで飾られた車に乗り込もうとしていたところでした。全く知らない人達ですがそれでも私まで幸せを願いたい気持ちになりました。

 この街でケーキを食べられたことも忘れられない思い出です。バスから降りてお城にいくまでの途中で心惹かれるお店を見つけ、帰り道に15分のタイムリミットでしたがコーヒータイムを楽しめました。特にスペシャリテといえるものは、と眺めていたら、パリーシノンという名のエクレアの一種があり、それにしました。おそらく典型的なフランス菓子でリング型のシューのパリーブレストにヒントを得たお菓子と思います。プラリネ風味のバタークリーム、ミルクチョコと多分プラリネペーストをからめたフィヤンティーヌがはさまれていました。 大変美味しく味わいました。

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トウール滞在編13、シノンに行ってきました。

 シノンは15世紀末期にこの街の付近で生まれた作家のフランソワ ラブレーが育った街であり、二千年も前からワインが作られていた、といわれています。古代ローマ時代から城塞が築かれていました。10世紀にこの地方の有力な貴族ブロア伯テオバルによって最初に建てられた堅固な城塞に囲まれたお城が今は廃墟となっているシノン城です。

 1429年、ジャンヌダルクが初めて王太子シャルルに謁見を許されたのはシノン城の大広です、今は屋根は落ちてしまい、壁3面は痕跡をとどめているだけ、暖炉があった一面は朽ちてはいてもほとんど当時のものが残されていて、かろうじてここがかつてお城の建物があった、と想像できます。残念なことにはシノン城の全面的な復旧工事が行われていてこの広間のあった建物は二重に囲いがされていて近くに行けませんでした。1日に数回行われるガイドツアーで、一重と二重の囲いの間にはヘルメットをかぶって通り過ぎることはできますが、帰りのバスの時間に間に合わなくなるため参加できず遠くから眺めているだけでした。いつか当時の面影そのままに復元されたシノン城を訪れる機会があれば、と願いお城をあとにしました。

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トウール編12、ロシェ城へ行ってきました。

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 ロシェには中世の城塞都市がロワール地方で唯一そのまま残っています。すでに6世紀には要塞と修道院が建てられていますが現存しているのは11世紀から15世紀にかけて建設された堅固な城塞に守られているお城です。

 ここは百年戦争末のフランスの救世主ともなったジャンヌダルクと縁があります。シノン城で初めて王太子シャルルと謁見した彼女が戦いの後勝利を収めて再会をし、彼に正当なフランス国王としての戴冠式を行うためのランス行きを決意させたところであり、その時の広間にはその史実が記されています。この場所に立った時、数百年前の出来事とその情景を想像し、私も時空を超えて同じ空間にいる、ということにしばらく我れを忘れてしまいました。

 このお城の塔には囚人がかつて収容されていて、そのなかでも有名人の1人がミラノ公スフォツァです。彼は一時、あのダヴィンチのパトロンであり、彼のもっとも愛した愛人のチェチリアはダヴィンチの名画 白テンを抱いた貴婦人 に華のようと称えられたその美貌の面影をみられます。このあたりの歴史は塩野七生さんの著作物で詳しく書かれています。塩野さんの描くイタリアルネサンスとフランスの歴史の交わる地点に自分が来たのだ、と感銘を受けました。

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トウール編、ロワール古城巡り

 フランス中世史にはブルゴーニュ、ブルターニュ、アンジュー、ブロワ、シノン、ロシェ、といった地名がよく登場します。百年戦争終結後宮廷がおかれていたこともあり、全長1020km、フランス最長のロワール川流域には宝石をちりばめたように古城が存在しています。ここトウールはロワール古城巡りの拠点です。

 車がないといけない場所にある古城が多いのですが、車の運転が出来ないのならバスツアーを利用する いけるお城はどこのも同じで価格にも差がありません トウール駅から出ている国鉄バスを利用してお城近くまで行く 片道1.5ユーロでお得です 

 第3の方法は国鉄ローカル線を利用してお城のある街までいく、ですが、時刻表はかなり時期によって変わってしまうし、駅そのものが閉まってしまうこともあり、本数が減らされていたり、で駅で調べないと実際のことが分かりません。

 今回私が一番行きたかったのは、ペローのお話、眠れる森の美女の舞台ともされている、夢のお城のようなユッセ城でした。2005年に公開された バレエ映画オーロラ の撮影が行われたお城でもあります。残念なことにはガイドブックで紹介されていたバスツアーはなくなっていてタクシーでいくとなるとグループでもない限りはとても高くつくためあきらめざるをえませんでした。

 限られた状況のなかで運良く訪れることの出来たお城は、アゼ・ル・リドー、学校が午後の授業のない日に人数限定で連れて行ってくれたロシェ、シュノンソー、国鉄ローカル線を利用できたブロア、シノンでした。今週火曜日にはアンボワーズ、クロリュッセに、木曜日には学校のエクスカーションでもう一つ別のお城に行く予定です。ロシェとシノンについては次のブログで書きます。

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トウール編、トウールで見つけたもの

 銘菓、美術館、教会、トウールにはみるべき物が多く、仏歴史や文学者と関連する発見を歩くと見つけられますが、生活をしているとまた異なった発見もあります。

1、2ユーロショップ 日本でいうところの100円ショップをトウール駅前で見つけました。品 揃え、色彩のきつさ、ロゴがフランス語であること以外は店のつくり、雰囲気など日本と同じものを感じました。ただ8月11日現在、ユーロ高でそんなに安いな。とは思えません。

2、連日夜中12時まで営業しているミニスーパー 学校からの帰り道にバスが走っている大通りを歩いていたところ見つけました。店内にはオーブンが設置されていて工場で成型された後運び込まれていると思われるバケットが焼かれていて店内にはいい香りが満ちていました。乳製品、生肉など生鮮食品もかなり品数が揃えられています。そこそこの規模のスーパーには定休日がなくて日曜日は昼の1時まで営業しているところもあり、日曜日はどのお店も閉まっていると思っていたので意外でした。

 パン屋さんはすでに早朝6時30分には焼きたてバゲットを売っていて、8時頃には美味しそうなケーキも並んでいます。7月、8月にはバカンスを1ヶ月かそれ以上とって休業するお店も多いのですが、無休で営業しているお店も多いです。昼休みがありますが。

 フランス人の仕事に対する取り組みには日本で知らされていたことからひろく考えられている認識と職業による違いがあってもかなり差があるな、と感じました。

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トウール編、トウールのスペシャリテを見つけました。

 トウールのスペシャリテ、ヌガー ド ラ トウールはすでに味わいましたが、先日、美術館の帰りに偶然、ケーキ屋さんを発見しました。コンフィズリー、ショコラがメインのお店でしたが、いくつか美味しそうな美しいケーキもあり、もちろんヌガードラトウールもありましたが、新たに2つ、見つけました。干しプラムの種を取り除き、プラムの果肉で作ったジャム状のペーストを詰めたプリューノー ファルシ 、シュークル ドルジュ という名の、円盤状で色とりどりのキャンデーです。どちらもここトウールのスペシャリテだと、ステイ先のマダムに教えていただきました。

 プリューノーのほうは、室温で4週間保存可能とのことです。これとよく似たお菓子にアジャン地方 ここは大粒のプラムが名産品です の銘菓で、大森由紀子さんがすでに日本に紹介しているプリューノー ダジャンがありますが、これよりは小粒で、お酒の風味もせず、素朴な感じもします。 ただし価格は一粒約1.1ユーロで安くはありませんが。

 ケーキ屋さんでは、コンコルド、という名の古典的ともいえるケーキをよくみかけます。このケーキはメレンゲショコラとムースショコラの組み合わせで、プレゼンテーションをかえた商品はわりとよくみかけていましたが、ガストンルノートル氏の本の写真そのものの商品はほとんどみたことがなく、驚きでした。

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トウール編8、クラスメイト

 トウールの滞在も3週間目となりました。授業は1週間単位で申し込めるため、毎週新しい生徒が入学してきますが、別れもあります。私のクラスでは、延べ5人が去っていきました。今週加入してきたのは、スペイン女性のコンチャ、オーストラリア男性のグランツです。私は彼を最初、オーストリアからだと聞き間違えてしまい、ドイツ語で挨拶してしまいました。フランス滞在3週だけでほかの学校にはかよってはいないとのことですが、とてもそうは思えないほどの会話力です。コンチャは明るくてよく話しかけてくれるし、辛抱強く私のフランス語につきあってくれます。ケーキの話もしてくれます。あとは2名、日本人女性で、この学校がトウールの職業訓練校と提携して行っている1年間の研修コースに参加しているブーランジュリーの研修を受けるなつよさんと、東京から参加の大学生まゆこさん、と合計5人が私のクラス全員です。

 他のクラスのことですが、ロシアからも2人、今週から加入してきています。まだ高校生くらいの男の子ですが、1人は英語ができるのでコミュ二ケーションは少しは出来ますがもう1人はロシア語しか話せないので、つらいだろうなとは思うのですが、それでも興味があるのでここに来たとのことで、勇気あるなあ、と感心しています。私はロシア語は挨拶程度しか出来ず、辞典も持ってこなかったので、彼らに話しかけられずにいます。せめて明日に思い切って朝の挨拶をしてみようと思っています。

 日本からは高校生の女の子も数名、ホームステイをして通学しています。彼女達の勇気には驚くとともにある種の羨ましさも感じます。

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トウール編7、マダムお薦めのケーキ屋さん

 いつも学校の近くのパン屋さん、ケーキ屋さんでなにか買うのが私の昼食ですが、ステイ先のマダムに聞いてみたところ、何軒か教えてくださいましたので、少し足を延ばしてそこまで行ってみましたが、お店をみた途端、なんて美味しそう、なんて素敵、とほれてしまいました。一個しか食べられないのは残念ですが、まずはマダムとムッシュウお薦めのタルトタタンを買いました。3.3ユーロといつものお店より高かったのですが、期待以上の美味しさで、これからのお昼が楽しみです。

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トウール編、トウールで見つけたもの

 ここトウールではマルシェがあちこちでたつせいか、、毎日といわなくても通学途中や学校の昼休みにプリュノー広場を歩いていると見つかる事が多いです。

 野菜、果物が売られていると覗いていますが、日本ではお目にかかることがない野菜、アーテイチョークがありました。7月27日の日曜日の夕食にゆでたアーテイチョークをマダムが出してくださったのを食べたのですが、本でみたことはあるものの、初めての出会いでした。

 この野菜は日本語では朝鮮あざみといわれていてその大きな蕾をゆでで食用とします  やや鋭い先のある葉にうろこ状におおわれていますが、事典によると確かにあのあざみの花が咲きます。この葉を一枚ずつめくり取っては付け根のみを歯でしごきつつ食べます添えられているソースをつけつつ味わいます。葉がなくなればめしべ部分を取で少しざらっとしてますが、くせがなく、なかなかおいしかったです。マルシェではよく見かける野菜でそんなに高くなくありませんでした。

 この他、牛の心臓と呼ばれている独特の形をしたトマトがありました。キュウリは日本でよく見かける細いものでなく、赤ちゃんの腕くらいには太いものばかりでしたが、これは皮が固いので、むいてからサラダに使われています。

 

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