フランス滞在記、パリ編

パリ編43、持ってきてよかったもの、持ってきたら良かったもの

 パリには日本食品店、日本で出版されている本なら週刊誌でも買える書店、日本人のコミュニテイがあり、価格の高さに目をつむればそこで限られてはいてもだいたいのものは買えるし、考えるほど不便ではないし、地元のスーパー、中華食材の店でみつけられるものも多いのですが、私にとっては持ってきて良かった、これがあればな、と思ったものを書いてみます。

1、フランス語の手紙の書き方の本

 白水社出版の小さな本ですが、内容は詰まっていて、実利的で、これがあるおかげでホストファミリー管理人さん、学校の先生、クラスメイト、研修先のシェフにお渡しする手紙を書くことができました。日本語の手紙の書き方の本も大変役に立ちました。

2、便箋、封筒

 カジュアルな横書きのもの、目上の方に使える縦書き用の上等なもの(京都なら鳩来堂)はどちらも重宝します。

3、折り紙の本、折り紙セット

 いつも旅行時には折り紙の本、折り紙大、中、小、とサイズを変えて持っていきますが、これも役に立ちました。折り紙の本は学校の先生に最後に差し上げました。綾取りの本も持っていきましたが、これはアメリカ人のクラスメートに餞別に渡しました。

4、パソコン

  私の住んでいたところはトウールもパリもネット接続は無理でしたが、クjラスメートに貸してもらった映画のDVD(フランス語)をみたり、CDを聞いたりしてフランス語に耳を慣らすのに少しは役立ったかもしれません。また、写真データをパソコンにデータとして入れておき、整理する、ということも出来ました。

5、ゴムベラ、

 使い勝手のいいものがあまりないようだったので高温でも使用可能な、一体型のものを持っていきました。

6、セロテープ

 セロテープ(スコッチ、といわれていました)は現地でも買えますが、透明ではなかったです。いつも使っている1.8cm幅のものは重宝しました。

持って行けば良かったもの

1、サランラップ

 パリにもラップは売られていますし、高くはありませんが、使い勝手は悪く、箱に付けられているカット用の刃ではうまく切れず、いつもはさみか包丁で切って使っていました。

2、計量用大匙、小匙 :自炊にはあれば良かったと思っています。

3、万年筆のインク :一本だけでもスペアを持っていくべきでした。

4、カレッジシールの細い幅のもの: フランスには幅広のものしかありませんでした。

5、髪を止めるためのしっかりしたピン: かなり割高に思えました。

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パリ編44、旅と生活

 ついに19週間のフランスでの留学を終えて、帰国し、3日が過ぎました。いまだに時差ボケで夜に良く眠れない、という状態です。留守中、安全のため、自宅の物置に置いてて夏の暑い時期に使用できるように教室から移動させていた冷蔵庫をもとのところに戻し、元栓を閉じておいたガスも開栓させ、全て使い切ってしまったケーキ材料を揃える、などしたり、学校での研修テキストをひろげてどのケーキを再現しようか、と考えてはレシピを書き直し、パンを焼いたり、ケーキを作ったりしています。

 いつもの旅行はそこに人間関係が存在しているものの、場所の移動であり、旅行の終わりとはその土地との別れで、自分の好きな場所から去るのが面白くない、名残惜しい、という感情をより感じていました。今回はトウールでの4週間の生活、パリでの12週間の学校での学生生活、2週間のお店での研修生活、引越し準備にあてた最後の1週間も生活でしたが、それぞれ人との別離がありました。自分はあまり感情を爆発させない、濃い人間関係が苦手でどちらかというと一人でも寂しさを感じない、ドライな性格とは思っていたのに、折角知り合えた人達と別れる度ごとに悲しくてたまらず、トウールでのホストファミリーのお二人、パリで暮らしたアパートの管理人さんとの別れでは涙が湧いて止まらない位の悲しみを感じました。

 今、考えていることは、別れはどこにでもあり、避けられないものだけど、それでおしまいになるような人間関係ではなく、存続させていけるように育てていくのが大切なのだ、と。

 フランスでの滞在中、私はしょっちゅう手紙を書いていました。一方的なアプローチではあってもそれが相手と自分との間のつながりの糸であるように思い、それによって自分が心の平安を保つこともできました。今回、知り合えた、お友達になれた方達にこれからもお手紙、電子メールを送ろうと思います。

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パリ編42、空港にて

 タクシーに乗って出発したのは朝9時35分ごろで、6人乗りのリムジンに私1人、という貸切り状態でした。空港についたのは10時10分頃でした。空港には当然ですが人が多く、軍隊が歩き回っているのもあちこちでみるのもいつもの風景です。飛行機は13時30分発で早い、とは思ったのですがなにがあるか分からないから、と搭乗手続きのためカウンターに行ったらすでに長い列が出来ていました。心配していたスーツケースは18キロ、と制限を越えず、手荷物の重量チェックがされないか、とひやひやしてましたが、その心配はなく、座席も26列目の通路側、と悪くないところをゲットできました。手荷物、ボデイチェックが済めば、あとは搭乗まで少し時間があるのでホールにあるWIFIコーナーまでいってパソコンをあけてみましたが、残念ながら、プリペイドカードを購入し、そこのパスワードを入力しないとネット接続は出来ない仕組みになっていて、ここでネットに気をとられていては機内に入るのが遅くなる、と、メール作成はあきらめ、ブテイックを覗き、あちこちに施されているノエルのプレゼンテーションを眺めたりしていました。旅行ガイドには公共での場所にはWIFIがあり、そういった無線ランゾーンにいけば誰でも無料でネットが出来る、という記事がありますが、これはかなり限られた場所での話しではないかと思います。私が住んでいたアパートの前もWIFIゾーンでしたが、電波は弱かったり、パスワード入力が必要で、場所によっては日時限定だったり、プリペイドカード購入が必要だったり、あるいは近所のマクドナルドのように、以前はうまくネット接続できていたのがうまくいかなくなった、ということもあったり、で、アパートを探すときの条件がインターネットが出来る、ということだったのが、実際は家主さんしかキーワードを知らないから、ケーブルは引いてあっても借家人は使うことは出来ない、という状況で(とてもそれを聞き出すことは出来ませんでした。聞き出せた方がおられたらその話をお聞きしたいです)、パソコン音痴の私はパリにきて少しは知識が増えたようです。近所のマクドナルドだけでなく、他の店舗も以前は多くみられたパソコンを叩く人を殆ど見かけなくなったように思います。(ひょっとしたら、なにも注文せずにネットだけしにくるようなお客が多かったのか、売り上げにあまり貢献しない長居のお客に手を焼いていたのかもしれませんが)

 

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パリ編38、帰国前その2

 帰国前にすることは荷物整理、部屋の大掃除、家主さんとの対面、保証金返還、鍵返却についての最終確認、家主さんによる部屋退去前の現状チェックに立ち会うこと、とまず考えました。荷物についてはヤマト運輸の国際宅急便サービスを利用することに決め、24日月曜日の朝9時にオペラ座近くのヤマト運輸営業所までいって国際輸送に耐えられる箱を買い、荷物集荷日もあわせて申し込んできました。その箱を持って一旦アパートに戻って置いてから学校へ最後の挨拶に行きました。12週間通っていた道を歩くのもこれが最後、と考えているうちに学校についてしまい、一番会いたかったジェニファー先生は丁度、担当クラスが休憩だったこともあり、運よく授業の妨げにならずにすみました。先生には11月7日最後の日にお手紙と日本から持参していた折り紙の本を差し上げました。子供さんが大変それを喜んでいる、と聞かされてよかった、と思い、研修中のことや、帰国後のこともお話いたしました。日本から送ってもらった24色の折り紙セットもお渡しいたしました。先生は私達のママンのようにずっと思っていましたが、やはりそうだった、とお顔をみて再確認しました。11月10日から開始の長期プログラムは当初3人、と聞いていましたが、直前に2人増えた、とのことで、日本人3名、アメリカ人1名、ブラジル人1名で、日本からきた2名と御挨拶をしましたが、私達のクラスメート、妻鹿祐介さんとお知り合い、と聞いて驚きました。ギョーム先生はおられなくて残念でしたが、ジェレミー先生、校長先生にはお会い出来ました。事務局のあきこさんにもお会いし、御礼を申し上げました。

 その日の午後、かねてから行きたかった、パリ近郊にあるルネッサンス期のお城、シャンテイまで足をのばしました。パリ北駅から電車で25分のシャンテイ・クビュー駅まで行き、お城までは2キロで、午後の電車は2時20分、と聞かされ、やめようかなとも思いましたが、切符は払い戻しが出来ず、やっぱり行こう、と駅近くのカフェで時間をつぶし、電車、タクシーと乗り継ぎました。森のなかの一本道を進み、目の前には白亜の立派な館が姿を現したとき、わー、と声をあげてしまい、それがお城の庭にある乗馬博物館、と聞いてほう、とため息をつきました。お城の正面門に着いて、切符を買い、目指す入り口にやっとたどり着いたときは午後3時で、コンデ公美術館になっているグラン・アパルトメントはいつでも入場できるが、かつての城主のプライベートな館であったプチ・アパルトメントはガイドツアーのみで、本日は4時が最終、と聞かされ、8ユーロに加えて5ユーロを払って予約をし、お目当ての美術館に急ぎました。

 お城の建築美術、建築様式、多くはありませんが置いてある家具の趣味のよさ、素晴らしさに目をひかれましたが、壁一杯に並べられている絵画は1点だけでも充分、と思えるほどで、私の大好きなラファエロにみとれ、コジモ作(美しいシモネッタ)を観ては、かつて京都でみた丸紅コレクションの至宝、ボッティチェリ(シモネッタ)を思い出し、初めてみるシャンテイの陶器コレクションに目を丸くし、歴史ファンにはお馴染みのキャラが溢れかえっている16世紀の肖像画コレクションの王家の人々との邂逅に喜びました。いままでお目にかかったこともなかったひげなしのフランス国王フランソワ1世、彼の第一王子で本来次期国王となるはずだった急死した王太子、次男アンリ王子の可愛らしい乳幼児期、アンリの后となったカトリーヌ・ド・メデイシスの少女期、フランソワのライバル、スペイン国王カロルス5世の姉で、彼の2度目の后としてフランスに嫁いだエレオノーラ、とドラマの主人公が綺羅星のごとくびっしりと並んでいました。

 プチ・アパルトメントは一転して、人が住んでいた気配を感じさせる居心地の良さを感じました。このお城の最初の主コンデ家は第一帝政期ころに断絶し、次の城主となった別の家門も今はなく、個人所有の美術館となっています。こんな素晴らしいお城、庭園を8ユーロでみられるなんて、と大満足で、馬の博物館、乗馬ショー、庭園を回れなかった残念さはあるのですが、ついに閉城時間となってしまい、駅に向かうべく切符売り場のマダムにお願いしてタクシーに電話をかけてもらったのですがあいにくと皆出払っているといわれしかたなくとことこと駅まであるいていたら、道のそばの木立をウサギが走っていくのがみられたり、と散策も悪くない、と思っていたらどんどんまわりは薄暗くなって心細くなっていき、一本道が3つに分かれるところにきてしまった時、そこのガレージにライトのついた車を見つけ、ムッシューに道を尋ねたところ、自分は今仕事が終わって帰るところで、駅まで行くから乗っていきなさい、といわれ、どうしようか、と思ったものの、いざとなったら、どのように反撃しようかと心つもりしておりましたが、1分もしないうちに駅前まで来て降りることが出来ました。運がよかっただけかもしれませんが、あの親切なムッシューにお礼をもう一度申し上げます。

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パリ編37、帰国前

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 11月最終週頃から、大通りにはイルミネーションが美しく輝き、クリスマスシーズンなのだな、と心踊り、楽しい気分にさせてくれます。日本は商業的に盛り上がっているだけだ、と批判されることもありますが、ここパリでも少しは商業的なにおいを感じます。しかし、イベントとしては楽しいものであるのはフランスでも日本でも同じなようです。研修修了の22日の夜、シャンゼリゼ通りまで足をのばしたところ、あの大通りの両脇の歩道の街路樹にもイルミネーションが輝き、まるで星があちことでふっているようで、お店もそれぞれ工夫のあるイルミネーションで明るく、いままでこんな光景をみたことがなかったので、感動してしまいました。クリスマス、年末、となるとどのように変わっていくのかしら、とこのときはみられないのが残念に思いました。

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 シャンゼリゼまでわざわざ足をのばしたのは、ラデュレによってみたかったからで、お目当てのケーキはイスパハンでした。エルメのお店で既に2回買って味わっていますが、かつてエルメがいたこのカフェで食べたかったので、込んでいるのは承知で並んで待っていたら案外早く2階の窓際の席に座ることが出来、どうやらまだ残っていたようで、ついに念願かなって目の前にそのケーキが運ばれてきた時、万歳、と叫びたくなりました。内容、構造はエルメのお店と当然ながら同じものでしたが、兄弟かいとこか、という感じで、甲乙つけられませんが、違いを感じました。

 帰国前にはやるべきことをまずして、つぎにしてみたいこと、いきたいところ、とあれこれあり、学校に通っている間にあちことに足を延ばし、ケーキ屋さんもわりとよく通っていたのですが、最後がちかくなると未練がでてくるものらしいです。旅行時とは又違っているのは知り合った人達との別れがある、ということであり、それを思うとつい、トウールを去るときの悲しさを思いだしてしまいますが、折角知り合えたのだからそれが続くようにしたい、と考え、お手紙を書こう、折り紙の新作をマスターしよう、とまず考えています。 

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パリ編41、帰国直前の話

 11月30日がついにやってきました。家に帰れるのは嬉しいのですが、知り合えた人達とお別れするのは悲しいし、今までの旅行では感じなかった寂しさも湧き起こりました。その度にお別れはあったし、悲しいな、と思ってきましたが、旅行はそこが自分の居るところではない、という前提はあったけど、今回は生活があった、15週間、ここに住んでいたから、と思い、引越しでお別れは悲しいとはこういうことだったのか、と思いました。

 でも、人間関係が続くか、そうならないかはその後の話だし、お別れで終わらないようにしていきたい、それにはどうしたらいいかしら、折角得られた縁を手放さないでいたい、自分からの働きかけはしていきたい、と手紙、E-メイルはこまめにしていこう、と私なりに考えてみました。

 私の退去する30日の午後には次の借家人が鍵を受け取りにやってくる、と管理人ジャニさんから聞かされていましたから彼女の負担をなるべく軽くしたい、とベットシーツ、枕カバー掛け布団ケースは全て洗ってアイロンをかけておき、前夜は日本から持参してきたシーツに包まって寝ました。自分が起きてからベットメイキングをして取り替えておき、冷蔵庫には何も残さず、調味料、オリーブオイル以外は全て食べ切り、掃除ももう一度やってからごみを全て捨てました。ジャニさんは朝のコーヒーでも、と声をかけてくれましたが、残念ながら時間がなく、あれこれしてスーツケースのふたをしめて入り口まで持っていこう、としたら、予約しておいたリムジンタクシーがやってきました。ジャニさんに部屋の鍵をお渡しし、挨拶をしたら、突然涙がこぼれてきて止まらなくなりました。あまり時間がなかったのですが、挨拶はちゃんとして、お手紙書きます、と約束し、タクシーに乗りました。ジャニさんは車が見えなくなるまで手を振って見送って下さいました。彼女はノエルには故国ポーランドから軍隊にいる息子さんと学生の娘さんがフランスにやってきて一緒に過ごせる、と嬉しそうに話してくれました。彼女の健康と、家族揃ってポーランドで暮らせる日が早く来ますように、と願っております。

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パリ編40、エルメのケーキを味わいました。

 パリでは多くのケーキを食べてきましたが、どこのケーキに未練がのこるかしら、と考えていたら、エルメのケーキになったので、では、と26日、27日と連日味わいました。食べたケーキはイスパハン、カラメルのタルト、ガトーショコラ、バニラのタルト、バニラとマスカルポーネクリームのミルフォイユですが、心ゆくまで味わえて満足です。
 ただ、この15週間の滞在中についに食べられなかったのはラデユレのサントノーレロゼと、メゾンドショコラのカラメルのエクレアでした。これについては心残りはあります。
 でも、最後の日に5区のカールシェフの店を訪ねていき、研修最後の日に見つけたものの、買えなかったバイオレットのサントノーレを見つけてついに食べられたのは大満足でした。
 シェフはケーキのお届けの為、店を出る直前だったのですが、最後にお目にかかれて嬉しかったし、マキシム、ジャンミシェルにも最後の挨拶ができたし、お二人の住所も教えていただけました。折角出来た人とのつながりなので大切にしよう、お手紙を出そう、と思います。(折り紙の新作を同封します)

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パリ編39、帰国前のどたばたあれこれ

 5区にあるカールシェフのブテイックでの2週間の研修終了後、1週間の滞在となりますが、その期間には帰国準備にあてるつもりでいたので、まず、別送品の準備、部屋の大掃除、家主さんとの面会と退出前の部屋チェック、学校へ挨拶に行く、などやるべきことを考えておきましたが、やはり予想外のことはおこってしまいました。たいしたことはないのですが、書いておこうと思います。
1、別送品は当初の見積もりをはるかに重量オーバー
  私が7月に日本を発ったとき、手荷物は8キロを少し超えていたし(パソコン持参のため)、スーツケースは18キロ、と13キロで収まっていた通常の旅行での重量をかなり超えていて(生活するのだから仕方ないのかもしれませんが)、パリ移動後に送ってもらった別送品も合計26キロ、という状況でした。帰国の際は最初は7キロずつ小分けして郵便局のコリッシモで送ろうか、とも考えていましたが、自宅に一番近い郵便局は月曜から金曜の12時から18時までしかあいていない、という事情もあり、かさばるものはとても無理、7キロを超えると郵便局まで運ぶのは不可能とさとり、結局はヤマト運輸の国際宅急便を利用することにしました。これなら25キロまでOKで、それまでにも増えたもの、ケーキ器具、日本からの手紙、お土産のお菓子、緩衝材として着なくなった夏服などを詰めて合計約20キロを送っていたし、多分大丈夫だろう、と管理人さんにとっておいてもらった大きな箱に詰めて行ったところ、とても全部はつめられないことが分かり、しょうがないのでヤマト運輸までいって箱を買い求め、改めてつめたところ、25キロをはるかに超えてしまい、詰め直す事3回、25キロに収まらなかったものは郵便局から送る事とし、結局、7キロ近くを28日に郵便局まで持っていき、25キロの箱はヤマト運輸さんに取りにきてもらいました。これで大丈夫と思ったのですが、合計51キロを別送したにもかかわらず、来たときと荷物の重さはあまりかわりませんでした。そこで持って帰らずにアパートにおいて行くものを増やさざるをえませんでした。(トウールにいた時、夏のバーゲンで買ったバスタオル、バスマット、パリで買ったシーズン末の見切り品のダブル幅のベットカバー)
2、携帯電話のチャージが切れてしまった。
 私は携帯電話は持ってないため、滞在期間が長くないこともあり、こちらでプリペイド式の携帯電話をトウールにいた時に買いました。必要事項しか電話することもないだろうし、国際電話なら、公衆電話からかければいい、とパリのジュンク堂で国際電話が格安でかけられるコード番号を買い求めました。(これは帰国5日前に期限が切れてしまいました)
 しかし、ついにチャージは帰国前になくなってしまいました。それも27日の夜のことで、早速タバまで買い求めに行きましたが、そこには私の携帯用のメーカーのものはなく、翌日の朝にヤマト運輸が荷物を取りにくる前に電話をかけてくることもあり、どうしようか、と思いましたが、管理人さんに電話をかしてもらい、無事に連絡も取れました。
3、インターネット
 私の住んでいた部屋はパソコンでのインターネット接続は出来ず、当初はネットカフェを利用していましたが、無線WIFIゾーンでは使える、と知り、近所のマクドナルドがそのゾーンだったので、週末にはパソコンを持って行き、バッテリーの電源が切れるまでメールチェックやブログ更新をしていましたが、帰国2週間前になぜかネット接続が出来なくなってしまいました。それまではあちこちでパソコンを広げていた人が多かったのですが、急に客席の空きが目立つようになり、さびしくなりました。
 別のマクドナルドでも同じ状況のようです。
 結局、割高にはなるのですが、ネットカフェでインターネットをせざるをえなくなりました。

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パリ編36、フォンテンブローに行ってきました。

 11月22日にお店での研修が終わり、ついにすべての研修日程を修了して、あとは帰国の準備となりました。9月にシャルトルに一緒にいったパリの友人、サビーネさんと26日に会う予定もあったのですが、彼女が体調を崩したこともあり、その日の予定が空白になってしまったもので、パリから電車で40分のところにある歴史ある古都フォンテンブローを再度訪ねることにしました。この一体は広大な森が広がり、歴代のフランス王が狩猟に訪れた場所であり、代々のフランス王に愛されたお城があります。また、このお城はバロア王朝のなかでも有名な王フランソワ1世が終生のライバル、スペイン国王カロルス5世を招いたり(カロルス5世の姉、エレオノーラはフランソワの2度目の王妃となり、このお城に住みました又、ナポレオン1世とも縁深いところで、お城の大改築をしたし、退位の書類にサインをした、と歴史の舞台にもなりました。このナポレオンのアパルトマンはガイドツアーのみの見学になりますが、時間は一定でないようで、お城に問い合わせをする必要があります。

 9月のもこのお城を訪れておりますが、今回の目当てはナポレオンの末弟、ジェロームの特別展です。ジェロームはカトリックの聖人の一人で、絵画にはひげをはやした年老いた姿でされこうべとともに描かれています。フランス人にはポピュラーな名前で、ベルエでの同級生も同名です。特別展では数々の縁の人物の肖像画があり、最初の婚約者の肖像画もありました。結局2人は結婚せず、彼女は他の男性との間に生まれた息子にジェローム、と名付けました。

 この街には、ルレ・デセールの会長さん、フレデリック・カッセル氏のお店があります。前回は本店から少し離れたところにあるカフェに入れず、心残りがありましたが今回は午前11時に行ったせいか、空いていて大丈夫でした。ケーキはミル・フォイユ、マロンのケーキ(チューリン)を注文しましたが、素敵な演出がお皿にされて出てきて、おまけにボンボン・オ・ショコラもついてきました。念願かなって大満足です。ショコラ全27種類の入った箱、マロングラッセを買いました。本店でもケーキ、そしてクロワッサンを買いました。とても美味しいクロワッサンで、大きさと値段の安さ(0,9ユーロ)に感動です。

 カッセルさんは京都、七条にあるハイアットホテルに今年11月からお店を出店されている、とレジのカウンターに日本語でのお知らせがあり、驚きました。帰国したら訪ねてみたいです。

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パリ編35、研修が終わりました。

 ベルエでの1週間の研修終了後、翌日から開始したお店での研修も11月22日に終了しました。毎日、なにかしらへまはする、フランス語が充分ではない、重いものを持てない、等で足手まといになっていたかもしれませんが、少なくとも邪魔な存在ではなかったようで、最後の日は、週末だったこともあり、朝7時に来るように、とシェフに言われ、夕方6時30分頃まで厨房におりました。シェフはいつも週末には特別な商品を作られていて、先週は、エクレアの新バージョン、22日はヴァイオレットのサントノーレ、バニラクリームとチョコクリームを詰めたプチシューの底をあわせてフォンダンかけしたデュオがお店に並べられていました。私はシュー、エクレアのクリーム詰めを多くさせていただけました。

 マキシムは特別注文のクロカンブッシェを夕方に仕上げていました。私がいた2週間、週末にはお祝いのお菓子として注文があり、発砲スチロールの土台にロイヤルアイシングをかけた上にクリームを詰めたプチシューをつけていき、仕上げには白いドラジェやヌガテイーヌを用いて素敵な商品を作成していて、その作業を見ることができたのは嬉しかったです。ここが学校か、教室なら完成品の写真も撮れたでしょう。ベルエでもクロカンブシェは作成しましたが、お店はプチ・シューにクリームをちゃんと詰めていました。ただ、ほかのシューの製品よりはクリームは控えめに詰めないと崩壊してしまいます。私は気をつけていたのですが、数個のプチシューをクリームの詰めすぎで破裂させてしまいました。マキシムは、余分に用意しているから、pas de problem とは言ってくれましたが、数が足りなくなっていたのでは、と申し訳なかったです。彼は私の3日前からこのお店で働いていて、その前はプラザ・ホテルにいた人です。シェフやマキシムの作業をすぐそばでみられたことは勉強になりました。2人のまわりでちょろちょろ、うろうろしていただけですが、プロの仕事とは、をみせていただけました。背中をみていることさえも勉強でした。

 たった2週間だけでしたが、ここを去るのも悲しい気分が湧いてしまいました。器具にも愛着を持ってしまい、学校にいたときは使い方がへたで、しょちゅう伸ばすべき方向を間違えては生地をおっことしかけてはクラスメートの手をわずらわせていた生地伸ばし機(ラミノワ、といいます)もちゃんと使えるようになり、ラミちゃん、と勝手に名前をつけていたり、作業台もモノのように思えなかったのですが、最後の掃除は出来る限り隅々まできれいにし、砂糖をケースにいっぱいに補充したり、と細かいことをして地下1階の作業場を去りました。シェフにはお手紙と折り紙(つる、銀紙のかぶと、はと)をお渡しし、パリで買ったパティスリーガイドに載せられていたシェフのお店紹介ページにサインしていただきました。マキシムにもジャン・ミッシェルにもつまらないものを、と思いつつも折り紙のつる、かぶと、飛行機を差し上げました。

その日はシャンゼリゼまで足を延ばして久しぶりにラデュレに寄りました。イスパハンがあったらいいな、と思い、空き席待ちの行列(いつもここはお客さんが多い)に並び、2階の窓のそばの席にやっと座れてから注文をしたのですが、幸いにもイスパハンは残っていたようで、憧れのケーキにやっとありつけました。アパートに帰ってからシェフにいただいたママレード、ずっと食べたかったタルト・オ・シトロンを眺めていましたが、タルトはありがたくいただきました。(最高でした)

 パリを去る前日に、パリの友人RIEさんとお店を訪れる予定です。

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パリ編34、研修のこと

 11月8日からスタートした、5区のお店での研修もあと3日となりました。フランス語の聞き取り間違い、メモに書いてくれている指示を見落とす、材料計量で1つ量り忘れをする、など困った研修生ですが、来なくてもいいよ、とは言われてはいないし、シェフもほかの2人も親切でいい方達なので、ああ申し訳ないな、と思いつつも毎日楽しく研修しております。材料の計量はすべて一単位の量が大きく、小麦粉、粉砂糖をふるう場合、2キロ、3キロとなり、最初はよくあちこちに粉をちらかしてしまいましたが、少しは作業がきれいになったかもしれません。また、タルトレットのミニセルクルにパート・サブレ生地をしきこむ作業は何個分やったか覚えていませんが、これも少しは早くなったかも、と思っています。

 当たり前のことですが、シェフも、マキシムもホテルの製菓部で長年やってこられたので、なにをされていても無駄がなく、作業も動きもきれいで、素早く、かつ丁寧です。シェフは一番よく動かれていますし、なんでもこなされます。時々させていただいているのがエクレア、ルリジュースのシュー生地にクリームを詰める作業ですが、これは私の好きなことのひとつです。

 昼の休憩がきっちり1時間あり、その時間帯には先生達も事務の方達もなにもせずに休んでいたのは学校でのことで、お店にもよるかもしれませんが、ここ、シェフ・カールさんのお店は昼食時に10分程度座って休めるくらいです。昼食はシェフがパスタを作ってそれをいただいておりますが、美味しくて、これを食べると、さあ、これからも頑張るぞ、と思えます。

 研修前は不安が多かったのですが、結構作業は大変でも、精神的にこたえることはなく、毎日楽しくやっていて、これでいいのかしら、とも思いますが、出来の悪い生徒を預かって下さったシェフに感謝しつつ残りの日を頑張りたいです。

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パリ編33、5区にあるお店で研修しています。

 パリのケーキ屋さん、パン屋さんにいくと日本の方がそこで働いているのを以前からよくみかけていました。立場は賃金を伴わない、勉強としてそこで働いている研修生(学校、あるいは誰かの紹介でそこにいる)、賃金を伴う労働者(ワーキングホリデーで採用されている、もしくは正式に雇用されている、ひょっとしたら不法労働かもしれない)などです。  各自の仕事のできるレベルはそれぞれですが、私は自分が作業は遅いし、おまけに外国人でコミュニケーションや語学力に不安をもたれているかもしれないのに、2週間だけでも受け入れて下さることに感謝しつつ、研修3日目が過ぎました。

 私達が学校に研修先の希望を出し、校長先生がお店のパトロンに電話をかけて、受け入れOKであれば、それで決定です。私が行くことになったのは、5区、ムフタール市場の入り口近くにある小さなお店で、このお店はパリにきて、フランスでのケーキ屋さんガイドブック、学校に置いてあった、柴田書店出版による(カフェ・スイーツ)のパリのガイド記事で知りました。何回か買いに行ったり、お店先の4席だけのテラスでお茶と一緒に味わったりして、研修にいくのなら、このお店でも、と希望をだしてそれが通りました。

 お店の名前は、カール・マルレッテイ、でオーナーシェフの名前そのものです。シェフの外は、売り場担当のムッシュー・ミッシェル もう一人の製作担当マキシム、時々やってきて助っ人をしているマダム・フロランスです。以前ここに来た時、奥の厨房に白いシェフコートの女性がいたのを覚えていますが、彼女も研修生だったのかもしれません。私はマキシムのもとで作業をし、面倒をみてもらっていますが、失敗はするし、指示を間違えてしまうし(ちゃんとノートがあるにもかかわらず)、作業はのろいし、足手まといである、とは思いつつ、彼の作業をみることも勉強だ、とありがたく思っています。シェフは2年、日本で仕事をされていた方で、神戸のコルドンブルーで教師、横浜のインターコンチネンタルホテルでパテイシエをされていました。初めてシェフの横で作業をしていた時、日本語がでてきて驚きました。シェフは几帳面な方だ、と厨房に入ったとき感じました。ものは整然と置かれていて、雑多な感じがなく、明るくて、ピカピカに光っていました。作業も細かく、ていねいです。(当たり前かもしれませんが)お店のケーキはどれもおいしいです。製作にほんのすこしでも関わっていて、生地、クリームなどみているせいか、ああ、このケーキを作られているときはこうだった、ああだった、と愛着がわいてきます。

 売り場担当のミシェルさんは朝一番に店先の掃除をし、ドアを磨いたり、ショウウインドウのガラスをしょちゅうふいていたり、とくるくると動いていて、プロの仕事とはなんたるかを背中をみていると伝わってきます。(これも当たり前ですが)

 今まで、製菓学校で授業は受けていても、実際にお店で研修することなぞなかったし、不安は多いのですが、2週間でもここに来られてよかった、と思えるように頑張りたいです

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パリ編32、パリのサロン・ド・ショコラ展

 学校での最後の研修となる第12週目に入る前に、日本でもすっかりお馴染みとなった、サロン・ド・ショコラ展が、10月29日から11月2日の5日間開催されました。実は、同タイトルの催しはパリだけでなく、フランス各地で行われていますが、日本人にとってはパリでのイベントで理解できます。パリでの期間終了後はアメリカ、中国、日本、ロシア、と順次に開催されますが、日本での売り上げがおそらく一番なのではないか、と想像しております。かつては、さほど話題にされず、会場も規模も小さかったイベントでしたが、ここ数年、大きな規模となったようで、フランスでは、10月末から11月初旬が秋のバカンスシーズンで、11月1日(土)はカトリックの祝日と丁度休みの期間にあたるため、家族総出で楽しむイベントになりつつあるそうです。しかし、大人12ユーロ、子供も有料では少々高い気もしますが。

 パリだけでなく、フランス各地、スイスや、アフリカ諸国、ラテンアメリカ(カカオ栽培に取り組み、おそらくは外貨獲得の手段となる産業育成を狙っているであろう国々)からも参加しているショコラトリーが出店していましたが、勿論、日本のお店もあり、フランスでも有名なショコラトリーのブースには大体日本人が販売にあたっていて、まぶしさを感じました本や写真でしかお目にかかったことがない、大物シェフも会場にいて、地方のMOF(フランス最高職人)の姿が店頭でみかけられ、MOFの証でもある、トリコロールのラインのついたえりのシェフコート姿が輝いてみえたし、背中にオーラを感じました。

 会場はお店のほかはイベントスペースが設けられ、ショー、有名シェフによるデモが行われるほかは、チョコレートで作られた装飾品のついたオリジナルの衣裳をまとったマネキンの展示(ベルーエ・コンセイユはバレリーナの衣裳を製作しました)、ホットチョコレートを飲むためのポット、カップの展示もあり、チョコレートメーカー、カカオバリーのブースでは11月1日のみ、ベルーエが一日、デモをしてました。アントルメ、チョコのピエスモンテですが、いつもは生徒としてしか見てないジェニファー先生の作業を観客として眺められたのはよかったし、校長先生(MOFシェフです)もデモをされていてそれもよかったです。試食目当てのお客さんがずっと立って待ち構えていて、出来上がった作品のプレゼンテーション後、試食が始まるとみると、携帯電話を取り出して、一斉に呼び出しをはじめるお父さん、お母さんもいてあれよあれよという間に蜜にむらがる蟻のように黒山の人だかりとなりました。(あの入場料では、元をとりたくなりますが)

 私は、キャラメルで有名なキブロンのアンリ・ルルーさんのお店で少し買いました。ご本人が店先でボンボンオショコラのトランペをされていてそれだけでも得をした気分です。他は、世界チャンピオンのMOFシェフ、フランク・ケストナーさんのお店もあり、買いましたが、「えっ、こんなに安くていいの?」と思ってしまうくらいの値段設定でした。クラスメートのゆうすけさんはここで研修をするという大きな幸運を自力でつかみました。心から応援を送ります。

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パリ編31、学校の研修がついに修了しました。

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 パリに到着したときは8月16日で、夏のバカンス真っ盛りでしたが18日からスタートした学校での研修がついに修了してしまいました。12週間、多くの事を学び、特に、ラスト第12週目、日本ではまず学べない飴細工はとても楽しかったです。以前、製菓学校に通っていたときに飴細工は少しやったことがあるのですが、楽しむことは出来ず、悪戦苦闘した思い出しかなかったのですが、出来はともかくとして、ものを創作する喜び、表現の美しさ、といったことを知りました。担当教授ギョームの作業は神業としか思えない位、動きそのものが芸術的で、研ぎ澄まされたナイフのようなシャープさ、(まるで、シェークスピア・ロミオとジュリエットの劇中、マキューシオのせりふにある、猫の王様を思わせます)、ただもう見とれていて、これをみるだけでも、授業料をはらっていい、とため息をついていました。ギョーム先生の授業はいままで製作終了後のプレゼンテーションでその作品をみられるだけでしたが、同じ内容の授業で私達も仕上げたのだけど、ギョームのパティスリーは都会的で垢抜けたモダンなデザインで、きっと作業そのものも美しいのだろうな、と想像しておりましたが、その通りでした。

 一日目はパステイヤージュ生地をつくり、発砲スチロールのサイズが違うケーキダミーに被せ、これとは別にロイヤルアイシングでピエスモンテの土台の一番下の大きなケーキダミーにサイド面のみナッペしてからボードにのせ、絞り出しの装飾を施しました。パステイヤージュでマカロン、ハートのモールドで型取りをしたり、ピエスモンテに使う部品の細工もしました。翌日は熱いヌガテーィヌ生地を型にあわせてカットした他は、2日がかりで飴細工でバラの花、葉っぱ、リボン、飴生地を膨らませてりんご、レモン、バナナを作りました。私達が飴生地に取り組んでいる間、先生はバラ、リボン、フルーツをさっと仕上げていき、飴生地を流してピエスモンテの部品を作っていました。勿論、声をかければさっとそばに来てアドバイスをしてくれたり、助けてくれましたが、授業の終わりに後を片付けをする前に、先生が作った細工、ピエスモンテの部品をみて、ああ凄い、指導の傍ら一人でこれだけのことを出来るなんて、とため息をつきました。四日目はあらかじめ用意されていたプチシューに飴生地をつけました半分は大粒の砂糖をつけ、もう半分は飴のついた面をシルパット上につけてそのまま置いて、それからクロカンブッシェの組み立てをしました。

 皆、一台ずつピエスモンテを仕上げましたが、授業のテキストには作品写真が載せられていて、それはすでにみていたし、仕上げについては先生はそれぞれに説明をしていたのですが、私の聞き取りが不充分で、理解がずれてしまったのか、これでよかったのかしら、と最後に作品をながめて思ってしまいました。しかし、日本ではまず出来そうにない、受ける機会もないようなピエスモンテの授業はとても面白く、楽しかったです。

Dscf2020

 

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パリ編30、フランス人とは

 私の語学力不足もあるのですが、パリで最初に遭遇したトラブルは家主さんと最初に会って鍵を引き渡してもらったとき、その次は11月30日の退去前の最後の家賃支払い時、とどちらもアパート入居、退去にからんでいます。

 私はアパート契約については日本の留学サポート事務所から現地不動産屋に申し込んでもらいました。契約には直接関与していないのですが、これも、自力ではアパート契約は無理、ちゃんと事務所をとおしておけばトラブルがあっても善処してもらえるから、自力で解決できるほどの語学力なんてない、と解かっていたからそのようにしましたが、家主さんと会わないことは不可能で、現地に銀行口座を持てない短期滞在では毎月の家賃は直接支払うしか方法はなく、不動産業者からちゃんと説明されているから、と思っていたら、家主さんはそんなこと知らないし、あなたのいうことは理解できない、とさえいわれて頭をかかえてしまう事態になってはどうしてこうなるの、とこちらが理解できず、フランス語で書かれた書類がないとどうしてもこちらは分が悪いし、こちらはそのように聞いていたからでは通りません。お金の絡むことだし、むこうはシビアになるのも仕方ないことだとは思っていてもああどうして、と落ち込みました。家主さんは多くの部屋を持っていて、各自の退去のことはいちいち憶えていられないのかもしれませんが、次の借り手を探したり、保証金返還、契約終了など、決して家主さんにとっても些細ではない事態なのにな、と考えてしまうのは私が日本人だから、でしょうか。

 学校の事務局のあきこさんから、フランス人は以前話したことで、ちゃんと了解してもらった、とこちらは思っていても、次にはそんなこと知らないよ、ということがあるので、ちゃんと書類を作っておかないといけない、お金にかんしてはけちだから特にそうしないと、と聞かされ、退去時にすべきこと(保証金返還、鍵返還の取り決め、電気代支払いなど)はせめて直接話したときにメモでもいいから書いてもらっておけば、現地不動産屋さんに事細かに記載されている書類のコピーでいいから手元にあれば、と悔やまれます。

 向こうは悪意はなく、ただ前回私が話したことを忘れていて、それを私が理解できずにいたから、誤解されているだけだ、と思うことにし、あとは日本の留学サポート事務所が対応してくれているので、待つことにします。

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パリ編29、エルメのケーキ、新作を食べました。

  日本にも出店していて、パリを訪れるお菓子好きの人間にとってはお馴染みのピエール・エルメのお店ですが、定番商品の他、定期的なのか発表される新作シリーズにも2たび出会うことができました。これも生活していればこそでしょうか。

 最初に出合ったのは先月で、SARAHシリーズでした。抹茶、マロン、パッションフルーツを組み合わせたアントルメで、残念ながらすべて味わえませんでしたが、食べて感動、味わうことでその日は幸せを感じることのできるエルメのケーキならではの満足感に浸っていました。

 先日、2度目の新作シリーズをみました。今回はバニラとマスカルポーネチーズを組み合わせた製品で、、バニラビーンズ入りの雪のように真っ白なフォンダンのかけられている、バニラビーンズがふんだんに使われているマスカルポーネクリームがたっぷり詰まったエクレア、香ばしくカラメリゼされたフォイユタージュ生地で同じくマスカルポーネクリームがたっぷりはさまれているミルフォィユを買いました。同じ素材なのにこれだけ表現方法があり、違う表情をみせられて、それだけでも凄いことですが、食べてみて、大満足でした。私はミルフォィユもシューの製品も大好きですが、他のお店の同商品がかすんでしまいました。バニラ・ビーンズがじゃりっと歯に触るくらいたっぷり使用されており、この点もすごいな、と感動しました。

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パリ編28、日本のカレーは美味しかったです。

 ここパリでも日本食品は値段を気にしなければ買うことはたやすいです。森永、ロッテなどのお菓子、おかめ納豆、インスタントラーメン、味噌、しょうゆ、米などですが、先日、クラスメートのえりかさんからエスビーのカレールーをいただきました。丁度カレーが食べたいと思っていたもので、七面鳥の肉を使い、玉ねぎ3個をバターでじっくりいためてあめ色にしてから、トマトのぶつ切り、ガラムマサラ、白ワイン、水、ローリエ、にんじんとともに煮込み、肉が柔らかくなったところでじゃがいもを加え、最後に貴重品のカレールーを割って加えました。そのまま一日ねかせ、マルシェで買った栗を茹でてから、カレーの鍋の蓋をあけたところ、懐かしい日本のカレーの香りがして、それだけで嬉しくなりました。

 ご飯は炊かず、茹でた野菜、パンを添えましたが我ながらいい出来だったと思っています。えりかさんにはお別れの前に、もう一度カレーを作ってお分けしたいです。

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パリ編27、パリ滞在も残り少なくなりました。

 前回のブログを書いているとき、まるでもう終わりもすぐのような内容となってしまいましたが、学校での授業が終了後はお店での2週間の研修が待っています。10月の初旬に希望する研修先のリストを提出したのですが、10月29日から11月2日まで開催されていた、サロン・ド・ショコラ展の準備で校長先生は忙しく、話が進んでいませんでしたが、おそらく明日かあさってには決定となるでしょう。どこにいけるのかは分かりませんが、私に縁のあるお店にいける、と楽しみでありますが不安もあります。

 日本に帰国となると、荷物を別送する必要があります。今回はパソコン持参のため、手荷物は3キロまでしか増やせません。お皿などどうしても機内持ち込みをしなければならないものは仕方がありませんが、郵送に耐えられそうなものは箱に詰めました。管理人さんのジャニに頼んでとっておいてもらった少し大きめの段ボール箱にかさばる洋服、靴などとともに詰めました。

 パリにはヤマト運輸、日通ペリカン便の支店がありますが、ヤマト運輸に問い合わせたところ、出発日の2週間前からが国際宅急便の受付開始で、それより早く送りたい場合は税金などの申告をべつにしなければならないし、自宅までとりにきてくれるサービスも午前か午後かくらいしか時間指定はできない、といわれました。でも荷物の箱を量ったところ、11キロで、かなり重く、ほかにも詰めるものが出てくるかもしれないので、そうなればヤマト運輸に頼もうかな、とも考えています。出発5日前のほうがよい、ともいわれました。

 こちらで買ったアイロン、アイロン台、体重計、お皿、カップ、煮込み用の大鍋、その他ちょっとしたもの(トイレットペーパー、洗濯用石鹸、ダブル幅の布団カバー、絆創膏など)はおいていくことにします。次に住む人がきっと使ってくれるでしょう。

 

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パリ編26、とうとう最後の授業が始まりました。

 8月18日にスタートした12週間の長期研修プログラムも今週が最後となりました。担当はギョーム先生で、今までは他の授業で仕上がった作品のプレゼンテーションをみて、なんて都会的なセンスで、かっこいい、作業もきれい、と思い、担当授業がないときの作業ぶりをそっと眺めては無心に取り組むその姿はまるで修道士のようだ、とさえ思い、授業が楽しみでした。まだ一日目がおわったばかりですが、普段の表情を変えないクールさとうってかわった明るい笑顔をみせたり、穏やかで親切な別の面を知ったりで、明日も授業が楽しみです。

 パステイヤージュ、グラスロワイヤルでの細工やデコレーション、飴細工、といった私には殆どなじみのない講習で、楽しみな反面、どきどきしています。不注意な私はちゃんと見ていたことを守らず、手順の悪いことをしてしまい、反省ばかりです。

 今週は実質の授業は4日間で、本来なら金曜日は午前中は授業がありますが、製粉会社の工場見学に行くため、木曜日には作品が完成ということで、かなりやることが多い4日間となるでしょう。12週間ずっと一緒だったクラスメート達とも、学校の先生方ともお別れです。最初の3週間だけ一緒だったアメリカ人のジャステインとのお別れも悲しかったのですが、次の別れがあるのは最初から分かっていたことではあっても、そのときには泣くかもしれません。トウールでのホストファミリーのフランソワーズ、ミシェルとのお別れのときと同様に。

 皆、それぞれの道を歩みます。クラスメート達にはどれだけ感謝しても足りないくらい、いつも助けてくれたし、このメンバーだからやってこられた、と思っています。最後までどんくさく、もたもたしてばかりの私で、手際も悪く、おかしなことをしてばかりでしたが、それでも多くのものを得られました。無給の研修ではなく、フランスでの就職を自力でかなえたゆうすけさん、フランスに私より長く研修の為にとどまるえりかさん、就職活動に励んでいるジェローム、一旦アメリカに帰国するマグダレーナ、ホテルムーリスでの研修中のジャステイン、皆のさらなる活躍と幸せをお祈りしています。もちろん私も日本で、学んだことを生かしてよりよい仕事をしていきたいです。

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パリ編25、パリでの生活

 7月20日に日本を発ち、トウールでの語学研修後にパリに移動して、製菓学校での研修がスタートし、すでに10週間が過ぎようとしています。フランス語は思うようには上達せず、不安はあり、自分にはセンスがないのかしら、とついつい思ってしまいますが、アパートの管理人さんや、クラスメートと会話の機会があるのだから、と残り少なくなってきたパリでの生活ですが、諦めずに少しでも向上させたいです。

 パリでの生活では家賃は高いのですが、食生活は素材を買って自分で料理すれば安上がりです。加工の度合いが増えるのと価格は正比例する、と思います。パンはバゲット一本約250gで1ユーロで買えますが、バター、卵などを多く使う、ケーキ屋さんでも買えるイースト生地の商品クロワッサン、ブリオッシュ一個と大体同価格です。また、野菜、肉などはプロモーションのための宣伝価格で安く売られているものがスーパー、マルシェなどではわりと見つけられるもので、それを利用することも多いです。

 パリのケーキ屋さん情報は日本人のケーキ好きな若い女性が一番詳しいのでは、と思えます。日本に進出しているようなお店は総じてレベルが高く、パッケージなどもセンスがよく、出店をしてなくても日本人には知名度の高いお店や商品は高品質であるように思えるので、以前、旅行者としてパリに来たときには日本にはないものを、とついつい思っていましたが、今はそう思えなくなりました。日本へ持ち帰るお菓子、ショコラについてはもうどこのにするかは決めています。パリで買うことに意義がある、と今は考えています。

 また、ケーキ屋さんは確かに多いのですが、物凄く素晴らしいか、そうでないかかなり極端で、中間層(可もなく不可もなく、そこそこ満足できる)は少ない、と学校の先生もおっしゃっておられましたがその通りだな、と思えます。ここパリで、ものすごくまずいケーキを食べたくないのなら、ガイドブックで探すのが一番と思います。私はすでにまずいケーキに5回も出会ってしまいました。外観はおいしそうで、価格もそれなりによかったので尚更残念な思い出となりました。

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パリ編24、アパートの管理人さん

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 私が今住んでいるアパートにはマダムとムッシューの管理人さんが2人いて、交代で勤務しています。管理人さんが常勤ということもこのアパートに決めた理由のひとつでした。パリに着いてすぐのころに近所で猫にリードをつけて散歩させていたのが管理人さんの奥様かと思っていたのですが、そうではありませんでした。お二人はポーランド出身で、故郷に家族がいて、パリには働きに来ています。どちらも猫がお好きなこともあり、我が家の愛猫の写真もおみせしました。

 マダムの名前はジャニさんで、会ったときには話しかけてくれます。私も話してくれる人がいるのは嬉しいことなので、電子辞書片手に学校のこと、日本のことなど話ます。ジャニさんもケーキ作りが好きで、ポーランドでは週末にはケーキを沢山作ってお客さんを呼んだり、お祝い事の時にも作って、お土産に持って帰ってもらったり、ということもしていたそうで、10月19日の日曜日には午前のお茶に呼んでくれました。そのときにいただいたのは、チョコレートクリームのはさんであるココアスポンジのケーキで、表面にはうすくホイップクリームがぬられている、というお母さんが焼いてくれるケーキを思わせる、まるで白いご飯のようにいつでも食べられる素直な暖かい味わいのケーキでした。このほか、砂糖不使用(蜂蜜、バニラシュガーは使用)のうすい生地に手製のピーチジャム(ほとんど砂糖を使わない、果物の甘みが濃縮されたような味わい)をはさみ、表面にはとかしたチョコレートをぬったピーチのケーキもおみやげにいただきました。こんなふうにもてなしていただけたのはとても幸せです。いただいたケーキはいつも学校で作ったり、ケーキ屋さんめぐりで食べたりするようなケーキではなく、おなかにこたえない、さっぱりしたもので、ジャニさんのお人柄を思わせる味わいでした。

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パリ編23、ランスにいってきました。

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 旅行者としてパリにくる時には地方都市まで足を延ばす機会はまずありませんが、今回は生活者として滞在しているのだから、とパリから往復3時間くらいでいける街まで出かけることもあり、パリ東駅からTGVで約45分で行けるランスまでいってきました。

 ここは、シャンパンの本場でもありますが、今回のお目当ては歴代のフランス国王が戴冠式を行った、ゴシック様式の傑作といわれている大聖堂、初代フランク国王クロヴィスが洗礼を授けた聖レミの聖堂、真珠の肌、といわれた絵画を描いたエコール・ド・パリの画家藤田嗣治の眠る礼拝堂、美術館でした。大聖堂正面入り口の中央右側に配置されている、向かって右に首をかしげて微笑んでいる天使の彫刻は有名です。微笑む天使はもう一人おりますが、こちらは首を反対にかしげていて、手が1つ落ちています。大聖堂の正面にある広場にはジャンヌ・ダルクの像もおかれています。彼女はフランス国王シャルル7世の戴冠式に立ち会っています。このときどれだけ誇らしく、輝いていたことでしょうか。その翌年にイギリス軍に囚われの身となり、1431年、ルーアンで魔女として火あぶりにされてしまいますが、せめてここではその後の不幸については考えずに、約280年前この大聖堂で行われた場面を想像し、同じ地に立っていることだけを思いました。

 藤田嗣治が眠る礼拝堂は少し中心部からはずれたところにありました。とても小さなたてものですが、なかは藤田氏が描いた壁画、氏がデザインしたステンドグラスの柔らかい光に満たされたとても居心地のよい礼拝堂でした。死を見取った4番目の奥さん(日本人)は今は東京在住とのことですが、メッセージカード、日本から訪れた藤田ファンの作ったと思われる折鶴が置かれていました。

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パリ編22、パリの美術館

 ここパリには博物館、美術館が多く存在しています。3大美術館といわれ、いつ訪れても観光客で一杯の有名な場所もありますが、ちょっと風変わりな所、専門的なテーマの展示をしている所、画家など生前住んでいた家、アトリエをそのまま美術館、博物館にした所、なども多いです。

 数年前、京都でそれらの美術館のひとつ、マルモッタン展が開催され、モネの作品の他女流画家ベルト・モリゾの作品をみたときの感動は忘れられません。そのとき初めて知ったのですが、自画像を見たとき、この女性の人生がその絵に表れているように思い、他の作品を観たい、と願い、今回、やっと行ける機会を得られました。この美術館は、パリ16区、ブローニュの森近くにある閑静な高級住宅地にある、美術史研究家ポール・マルモッタン夫妻の邸宅をその後美術館にし、そのコレクションは印象派の作品が数多く、特にモネの息子ミシェルによって寄贈されたこともあり、モネの作品数ではフランスで一番、といわれています。

 メトロ9号線、LA MUETTOの駅を降りて地上に出て地図をみながらとことこ歩いていくと、目の前に公園があり、子供をのせたロバさんが歩いていたり、メリーゴーランドがあり、それらをみながら落ち葉を踏みしめ5分もしないうちにお目当ての場所に到着しました。イタリアの有名な画家RAPHAEL(1483-1520)、同じく画家LOUIS BOILLY(1761-1845)の名がついている2本の通りが交差している一角にあります。

 来年2月15日まで、モネの特別展があり、普段は他の美術館のコレクションとなっているモネの作品を観られ、お目当てのモリゾの作品にも出会え、時間のたつのも忘れてしまいました。ここには、ナポレオンの最初の婚約者、デジレ・クラリーの肖像画もあります。

 メトロの駅まで歩いていたら、通りに面して、ケーキ屋さんが2店ありましたが、何気なくみていたら、見覚えのある、赤い苺ののった3角ショートケーキを見つけましたがそこは山崎パンが経営しているYAMAZAKIでした。ちなみに値段は4ユーロ、MATSURIという商品名でした。

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パリ編21、パリのケーキ

 ここパリではケーキ屋さんは星の数ほど、とまではいかなくても、日本でも紹介されているブランド、カリスマシェフのいるお店をのぞいても、歩いてみれば100m以内に一軒は見つけられるように思います。ケーキ屋さん、パン屋さんを両方している店もあれば、ケーキ屋さんのみの店、ショコラ専門のお店、キャラメル、ボンボンなど砂糖菓子専門のお店、と売られている商品はそれぞれですが、このお店はいいな、と気にいるところが見つかればハッピーな気分です。

 製菓学校の先生にお店のことを尋ねることもありますが、日本にも東京だけですが数店舗あるピエール・エルメは値段の高さは指摘されるものの、ケーキの評価は高いです。

 そのエルメにはなかなかいけませんが、先日、久しぶりにケーキを買いに行ってきました。本店ではなく、私が通学に利用しているメトロ6号線、pasteur,の駅を降りてすぐのところにもお店があり、ここは店内が本店より広いせいもあり、ゆっくりショウ・ウインドウを眺められます。この界隈には、私達の授業を殆ど担当しているジェニファー先生がお好きなケーキ屋さん(des gateaux et du pain)もあり、私の好きな駅のひとつです。運よく、お客さんの波が切れたところで、ゆっくりとその美しく、美味しそうな宝石のようなケーキを眺めていられました。どれも食べたかったのですが、それは無理なので、3個思い切って買いました。約6年前、初めてパリに一人旅行をしたときに買った思い出のケーキ、プレジール、ずっとみているだけだったバニラクリームのタルトレット、季節限定の新作ケーキ、sarah、パッション、マロン、抹茶この3つを取り合わせたとても凝ったつくりのケーキ、を選びましたいつもさりげなくまわりを助けてくれて、的確なアドバイスをくれるクラスメートのゆうすけさんが、以前、エルメのケーキを3個買って食べてみたら一日分の幸せを味わった、とはなしてくれましたが、まさにその気持ちになりました。一口ごとに幸せの天使がにこにこと微笑んでくれているようで、月並みですが、ああ、なんて美味しいのかしら、天国にもこれだけ美味しいものはないかも、と思い、体に悪いなあと分かってはいても、結局3個食べてしまいましたが、おいしいものを食べたあとは胃の調子は悪くなることはありません。 

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パリ編20、パリ生活あれこれ2

 前回のブログでパリのごみ回収について書きましたが、訂正をいたします。ごみ分別回収は、一般的なごみは緑のふた、ジャム、調味料、ワインや飲料の入っていたいわゆるガラス瓶は白いふた、缶、ペットボトル、荷物梱包に使われた段ボール、古新聞、古雑誌、ドライヤー、アイロンなど小型の家電製品類は黄色いふた、のゴミ箱に分けることになっています。これとは別に、街中に分別回収の大きなゴミ箱が設置されていることもあります。学校でもそれに従っており、中庭に3色のふたのゴミ箱があります。

1、焼き栗屋さん マルシェで小粒の栗を見つけ、栗ご飯を思い出していましたが、それからほどなくして、モンマルトルの麓でついに焼栗の屋台を見つけました。いい香りがするなあ、とそれにつられて行ってみたら、栗ととうもろこしが並んで焼かれていて、少ない容量のサックを買いました。あまりほこほこしてませんでしたが、でも美味しくて、既にケーキを食べた後にもかかわらず、ぱくぱく食べてしまいました。

2、モンマルトル 伝説的なシャンソン歌手エデイット・ピアフの足跡を求めて、キャバレー、シャ・ノワールを訪ねて行きました。日本で買ったガイドブック(地球の歩き方)には記載がなく、パリ観光局まで行って問い合わせて教えてもらった住所までいったところ、すでにそこはキャバレーではなく、カフェ、ブラッスリーとなっていて、不定期にコンサートはするが、今年は終わり、といわれ、店内に貼られているロートレックのポスターにかつての面影を見ようとしましたが、分かりませんでした。この建物の上はホテル、シャ・ノワールという名のデザインホテルとなっていて、看板は2星でしたが、価格は3星で、写真をみるかぎりなかなかお洒落な雰囲気でした。しかし、ここ(地下鉄ピガール駅周辺)はいかがわしいお店が歩道両方にずらっと並んでいて、このホテルもコンシエルジュがいてもピンコードを入力しないとホテル内に入れなくなっていて、治安状況を予想できます。(シャルトルで泊まったホテルは夜遅くなるまではコード入力不要でした、)地下鉄ピガール駅を出てすぐのところにはケーキ屋さんがあり、いわゆる一般的なフランス菓子とオリエンタルなお菓子が同じスペースで売られていて、大手スーパーはあり、すぐ近くには有名なサクレクール聖堂もありますが、まるで人間と文化のごった煮状態なところか、と思い、ピアフの歌をしのびました。

3、物価について 生活していると、大手スーパー、マルシェでの買い物が主になり、観光客として滞在していた時、必ず足を延ばしていた高級食材店にいくことはありませんでしたが、先日、7区のボンマルシェ、食品館へそこのケーキの評判を聞いて行ってきました。あいにくとケーキはすでにほとんでなくなっていて、他のコーナーをみたのですが、全ての商品が高くて驚きました。内容はいいのかもしれませんが、缶詰め、乳製品、野菜、果物など、見てるだけでした。普段、1ユーロで私一人では充分な買い物がほとんどなので、生活しているとはこういうことだ、と思い、見学を楽しむことにしました。

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パリ編19、パリの話あれこれ

 旅行者としてではなく生活していると、ここパリではいろいろな発見があります。つまらないこともありますが、私がみたことを書いていきます。

1、ごみの回収:ごみのボックスは、アパートなら管理人さんが朝に屋外に出す風景が朝にみられますが、ふたの色は3色あり、グリーンは普通の家庭ごみですが、黄色いものはビン類、白いものは缶類と分別回収がされていて、街角にも回収ボックスがおかれています。乾電池はスーパーのレジに回収ボックスがあり、家庭ごみとして出せないことは乾電池のパッケージにも記されています。

2、買い物では野菜、果物は1キロの値段で表記されていますが、パンも1キロの価格が表記されています。もちろん、バゲットは半本から買えますが、1キロでは割安になります。運良く焼きたてバゲットを買えたときは香りにつられてついつい歩きながらでもちぎっては口に入れて、その香ばしさを味わってしまいます。街でもメトロでも大人も子供もそうしている風景をみかけますが、それも当然なくらい、焼きたてバゲットは美味しい、と思えます。

3、トラブル:旅行ガイドブック、留学ガイドブックには遭遇するおそれのあるトラブルで一番字数が多いように思えるのが、金銭、持ち物、キャシュカード類の盗難、紛失です。現地での銀行口座を開設出来ない比較的滞在期間の短い生活者としては、生活費は国際キャシュカードでATMから引き出すこととなりますが、ここで暗証番号を3回間違えたり、すぐにカードを取らなかったり、手順を間違えると機械に吸い込まれる、というトラブルが起こりますが、先日、私もカードを飲み込まれるトラブルを起こしました。すぐに取らなかったのが原因ですが、目の前でみるみるうちに私のカードが吸い込まれていき、頭が真っ白になりました。手元に携帯電話も筆記用具もなかったため、アパートに引き返して、ATMの横に記されている緊急時の連絡先番号をメモし、電子辞書で単語をさがして言うべきことをまとめ、電話口に出てくれたムッシューに事態を説明し、翌日朝にそのATMが設置されている銀行に行きなさい、とアドバイスをもらい、銀行は9時からでないとあかないため翌朝、学校に少し遅刻することを連絡して、20分前から銀行入り口で待ち、窓口係りに事情を説明し、パスポートをみせて、約10分後にやっと手元に戻りました。

 その前夜は紛失や盗難ではないし、キャシュカードがのまれたよりはましだ、と考えて、でも居ても発ってもいられなくて朝5時には目が覚めてしまい、と気をもんでいました。

 今、遭遇したトラブルは幸いなことにはこれ以上大きなものはありませんが、慣れたころに気がゆるむことが原因、とよく分かりました。初心を忘れないのはいつでも大切、と肝に銘じて残りの滞在を心残りがないように頑張りたいです。

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パリ編18、製菓研修6週目に実技テストがありました。

 8月18日からスタートした12週間製菓長期プログラムが半分終了した6週目の最終日9月26日に当初より予告されていた実技テストがありました。数日前から知らされていたし、金曜日は午前中しか授業がないこともあり、あまり時間のかかるものは出来ないとはいえ、すでに学んでいることのはずなのに、制限時間内に一人で仕上げまでこなすのは私には簡単ではないようには思われましたが、実際にお店での研修をするのならば、クリアしなければならない、と前夜に一応、1週目のテキストを読み返しました。

 レシピは当日に渡され、課題はシュー生地の製品、ルリジュース・ショコラとパリ・ブレストです。いざスタートとなり、自分の手がスムーズに動くことが分かりました。小さなことであれ、ここはこれでいいのか、と迷うことがあったりしましたが、いつもさりげなく周囲に気配りしてくれる、的確なアドバイスを言ってくれるクラスメートのミスター妻鹿氏に助けられ、完璧とはいかなくても時間内に仕上げられ、並んだのを見た時、手ごたえを感じました。

 仕上げにかけるフォンダンにはココアの他に、赤い色素も加えるのですが、入れ忘れてしまい、他の4人の作品に比べてチョコレート色が薄く、これではお客さんはこれがモカかショコラか分からない、と指摘され、フォンダンに加えてのばす30ボーメシロップが少なかったため、満遍なくつかず、それも指摘されました。翌週の金曜日には自分が練習したいことをしてもいい、と先生から言われ、私はエクレア、シューのフォンダンかけをリクエストしました。実際に食べるための製品ではないため、クリームを詰めない状態で白いフォンダンをかけましたが、エクレアは第1週目ではミミズがはっているような、きれいでない情けないラインしか描けなかったのが、練習していくうちにまっすぐに幅のあるラインをエクレアの上にかけられたとき、すごく嬉しく、まるで、ピアノを最初に弾いて音がでるのを喜んでいる子供のような思いでした。

 ますます、シューの製品が好きになりそうです。

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パリ編17、ルイ17世の眠る墓所、サン・ドニへ

 パリに住んでいると、少し足を伸ばせば多くの名所をみつけられます。通常のメトロチケットがあれば、ほとんど郊外ともいえるヴァンセンヌ、ブローニュの森にいけますが、メトロ13号線の終点に近い、北の端にある町サン・ドニは3世紀に実在したパリの司教でモンマルトルで殉死し、斬られたその首を持って約数キロ歩いて力尽きて倒れたその場所に立てられたお墓がやがて聖堂となった、といういわれがあり、聖人サン・ドニがそのまま町の名前になりました。このメトロの駅からすぐのところにそびえているサン・ドニバジリカ聖堂は、パリ市内から約4キロ北、メトロでも30分もかからないせいか、観光客が多く訪れます。

 この聖堂は中世のころよりフランス王家の墓所として知られていて、聖王ルイ9世(1226年即位ー1253年)時代には公式な王家の墓所となり、多くの王、王妃、王子、王女たちが眠っています。

 フランス王妃で一番日本人には知名度が高いのはフランス革命でギロチンにかけられたルイ16世の王妃で同じくギロチンにかけられたマリー・アントワネットだと思います。少女漫画古典的名作ベルサイユのばらの主人公のひとりでもあるこの王妃には王子2人、王女2人と合計4人のこどもが王様との間に生まれました。(漫画のなかでは3人しかでてきませんが。)長男と末っ子の次女ははやくになくなっており、革命時には2人いたのですが、本来ならば世継ぎとなり、ルイ17世となるはずだったルイ・シャルルは母親と引き離されて無学の靴屋シモンの養子となってからは歴史の谷間に沈んでしまい、死亡したとされても生存説が広く信じられていて、限りなく本物に近いといわれた人物が出現したこともあり、ルイ17世としてたった10歳で死んでしまった子供の心臓も真贋が問われていましたがDNA鑑定の結果、やはり本物だったと分かり、このサン・ドニに葬られることとなったのは日本でも数年前に話題になりました。結局奇跡のドラマなど現実にはありえないことだったのですね。大切に保管されているその心臓をみたとき、たった5歳の子供が遭遇した革命はなんとむごいものであったのか、と彼のその後の5年のつらかったであろう生活を想像すると、実は王子は助け出されて無事にその後、人生を全うしました、と考えてしまったのも気持ちとしては分からなくもありません。

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パリ編16、シャルトルへ行ってきました。

シャルトル、と町の名前を聞いただけではピンとこなくても、ステンドグラスで有名な大聖堂があるフランスの地方都市といわれたら、ああテレビでみたことがある、とは思い出されるくらい、美しい独特の青く輝くシャルトル・ブルーのステンドグラスは有名です。

 パリ、モンパルナス駅から列車で約1時間でいける(本数はかなりあります)この町は、聖母マリアが身にまとっていた青い衣を聖遺物とした、ノートルダム大聖堂があり、古来から多くの巡礼者を集めてきました。町を囲むようにして古い城壁がところどころに残り、坂を上るようにしてまわれる市街は旧市街と新市街に分かれており、確かにここは中世から栄えたところ、と思えます。フランスでもおそらくは大穀倉地帯であるボース平野のなかに位置するシャルトルの大聖堂の2本の塔ははるかかなたからでも眺められます。かつての巡礼者はそれをどのような気持ちでみたのでしょうか。今回はフランスでの知り合い、パリ郊外に住んでいるドイツ、ニュルンベルグ出身のサビーネさんに大聖堂でのナイトコンサートに誘っていただいて、彼女と一緒にやってきました。夜の大聖堂は思ったよりは寒くありませんでした。席はオーケストラから向かって左横の一角で、大聖堂正面門からオーケストラ団員、それに続いて今夜歌うオペラ歌手達が入場したとき、遠くから聞こえてくる拍手がゴシック様式の高い天井に反射するように響いて聞こえてきたとき、恐れ多いような、ありがたい気持ちが湧き起こり、かつてこの大聖堂で祈りを捧げた多くの人達の思いを共有しているようでした。

 ステンドグラスは野外が暗いとただの窓にしかみえず、翌朝におなじ場所にたってはじめてその独特のあおい輝きを目にしたとき、いままで分からなかったシャルトル・ブルーの美しさに目を見張りました。そしてキリスト教徒ではなくても手を合わせてしまいました。ちなみに日本人の我々は手の指を伸ばしてそのまま右と左の手の平と指をあわせますが、ここヨーロッパでは左と右の指を組ませます。

 この町のケーキ屋さんにはスペシャリテといえるお菓子がありました。メンチコフ、といわれているチョコレートをメレンゲで包んだ素朴な砂糖菓子で、デラックスな味わいではありませんが、どこかなつかしさを感じさせる、あとをひく味わいのあるお菓子でした。

 

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パリ編15、ピエール・エルメのケーキ

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 パリだけでなく、日本でも東京に数軒支店を出している、天才の名をほしいままにしている偉大なシェフ、ピエール・エルメのケーキは、価格をみると2の足をふみますが、お店のウインドウに並べられているそれらは宝石のように輝いて、来る人を魅了し、その誘惑に負けてしまい、しばしばではなくても買ってしまいますが、食べるとほかのお店のケーキではとうてい味わえない満足感で一杯で、幸せとはこれだ、としみじみ感じます。

 価格は6ユーロから8ユーロ、と到底ケーキ1個の値段と思えないのですが、(これだけ高かったらおいしくて当たり前、)と突っ込みをいれる気になどなれない、文句のつけようのない、有無をいわせず納得させてしまう、と私には思えるケーキです。

 先日、ついに思い切ってエルメのお店を訪ね、念願かなって、イスパハンを買いました。お店を出たとき、顔が崩れるくらい笑っているのが自分でもわかりましたが、こんなにもいい気分なのだから、とその顔のままメトロに乗って、帰宅後、すぐ食べたい気持ちを抑えてお皿に並べて写真をとりました。それからは震える手でフォークを握り締め、じっくりと味わいましたが、ライチとバラの風味はまるで天女からの授かりものかのようで、なくなってしまってからも幸せの余韻に浸っていました。

 

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パリ編14、ジベルニーに行ってきました。

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 クロード・モネは日本人にお馴染みのフランスの画家の一人で、名画(睡蓮)は一番有名といってもいいでしょう。(日立のコマーシャルにも登場してました)

 そのモネが住んでいた、パリの西方約70km、セーヌ川沿いにあるジベルニーにはパリ、サン・ラザール駅から行けます。まず各駅電車に乗って約45分の駅ヴェルノンへ、そこからはジヴェルニーには列車の到着時間にあわせて出発する連絡バスがあり、約1時間あれば、到着です。サン・ラザールの駅にはモネの家にいくための電車、バスの時刻、入場料など印刷されたプリントが案内所に常備されており、モネは世界でも有名で人気があることをうかがえます。

 モネはまだ無名だった1883年、43歳のときにジヴェルニーに移り住み、86歳でなくなるまでここで仕事を続けました。今、その家はクロード・モネ財団となっています。2階建ての家の内部には彼の浮世絵コレクション、家族の写真が飾られ、彼がなくなったときに寝ていたベットもそのままです。まるで彼の絵の中にいるような気になる明るい色で家具や壁、カーテンがコーデイネイトされていて、住み心地はよかったのだろうな、と思いました。

 食堂のまな板のへこみ具合をみてもここでの家族の生活ぶりが目に浮かぶようです。

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 この家の2階には黒猫が住んでいます。名前はフィネット、推定年齢20年のメスで、天気の良い日には日当たりの良い家の正面あたりで寝転がっているそうです。冬はずっと2階で過ごすそうです。小さくて、子猫かしら、と思って近くでみると、白髪がかなり混ざっていて、動作にも機敏さがなく、たしかにおばあちゃん猫です。(猫又になるほどではなさそうですが) 人がいても逃げないし、触られてもじっとはしていますが、あまりなでられると怒りました。

 11月になると花のシーズンが終わり、翌年4月まで閉鎖されるモネの家ですが、庭は薔薇、ひまわり、ダリアなど多くの花が咲き乱れていて、ベンチに腰掛て眺めていました。

 睡蓮の池には残念ながら1輪しか咲いていませんでしたが、シーズンにはどんな表情をみせてくれるのかしら、とポストカードを沢山買って想像しています。いつか、春、夏、と訪ねられたら、と思いつつ、バスの時間に合わせてこの家をあとにしました。

 

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パリ編13、パリの夜景

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 旅行者としてパリにきたことはあっても、今までほとんど気に留めることがなかったエッフェル塔ですが、今、私が住んでいるアパートは16区で、メトロの駅では次がエッフェル搭の最寄ということもあり、窓からはてっぺんだけが見えます。夜になるとイルミネーションが青く輝き、なんて綺麗、と思うのですが、これもパリに住んでいればこそでしょうか。 

 写真では到底この綺麗さを伝えられないとは思いましたが、撮ってみました。

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パリ編12、製菓学校での授業は5週目となりました。

 はやいもので、製菓学校での研修は今週で5週目となりました。題目は、マカロンとプチフール(一口で食べられる小さなケーキ)です。マカロンの授業は楽しみでしたから満足ですが、小さな作品を数は多く作り、細かい作業が続いたので、目が疲れましたが、出来上がった作品のプレゼンテーションをみたときは、いつもより感動しました。

 今週は私達のクラスのほかは、3日間の製パン講習がありました。外部から招かれた講師でMOFパン職人の、GAETON PARIS氏が講師でしたが、出来上がったパンを試食させていただいたとき、こんなに美味しいパンを食べたことはない、と感動しました。うまく表現できませんが、芸術品のように美しく、見ただけで美味しそう、とむしゃぶりつきたくなりました。

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パリ編11、DVDを買いました。

 フランスに来てから約2ヶ月がたちましたが、相変わらずフランス語には苦労しています。少しは勉強になれば、と最初の頃はアパートにいる時はテレビでニュース番組をみながら夕食を取っていましたが、あまり効果があるように思えず、クラスメートのえりかさんから、スタジオジブリ作品(魔女の宅急便)、レオナルド・デイカプリオ主演の(ロミオとジュリエット)のDVDを貸していただいて、毎日、少しですが聞くようにしています。

 魔女の宅急便、は日本語のほか、英語、フランス語で聞けますし、それぞれの言語での字幕もだせます。但し、実際のせりふと字幕がすべて一致していませんが。

 フランス語字幕つきでフランス語を聞くのはかなり勉強になるように思い、ほかの作品をさがしたところ、デイズニーアニメのバンビ2を見つけました。これは英語、フランス語、オランダ語の3ヶ国語で聞けるし、字幕も出せます。大体のDVDがそうなっているようです。

 魔女の宅急便は、なぜか他のジブリ作品に比べて評価されていないように思いますが、私は一番好きな作品です。このDVDも見つけたら買っておきたいです。英語の勉強をしている妹にもいいお土産になりそうです。

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パリ編10、ペットの話

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 ここパリでは犬を連れている人をよく見かけますし(メトロ車内、デパートでもたびたびみかけます)、道をあるいていると必ず遭遇するのが犬の落し物で、学校の行き帰りは特に注意が必要となります。小型の愛玩犬から大型の犬までさまざまですが、日本のようにある特定の種類がブームとなるということはなさそうに思います。

 猫には出会えないか、と思っていましたところ、パリに着いてすぐのころ、犬のようにリードをつけて散歩しているマダムに出会いましたが私の住んでいるアパートの管理人でポーランドから働きにきているJONINAさんでした。はじめはもうひとりアパートに出入りしている向かいのアパートの管理人ミシェルさんの奥様かしらと思っていたのですが、そうではありませんでした。ロシアンブルーと思われますが、かなりの大きな猫で、我が家の愛猫みぴこが小さくみえるかしら、と思えるくらいです。2匹飼っているようで、人懐こいのと、クールなのと性格は正反対ですが、時々、散歩の時に会えます。

 この2匹の猫はシャルトル・ブルーという猫種のようで、ロシアンブルーよりは大柄で顔のサイズもやや大きいように見えます。ミシェルさんが住んでいる向かいのアパートで飼われていて、別の人の飼い猫ミリーが生んだ子猫を貰い受けたとのことで、そのお母さん猫も健在です。

 この他にも首輪をつけた猫、野良猫5匹に出会えました。

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パリ編9、私のお気に入り、野菜の缶詰め

 ここパリのマルシェには新鮮な野菜、果物、肉とその加工品、牛乳と乳製品、山羊や羊の乳を使ったチーズ、ヨーグルト、魚介類、などの食材が山とあり、スーパーで買えるこれらの食材も美味しそうです。調理済みのレトルト食品、料理、冷凍料理も多くみられ、トウールでもパリの学校でもクラスメートがそれをスーパーで買ってきてレンジ加熱して昼食に利用していますが、美味しそうです。(私はまだ利用していませんが)

 私はよく野菜の缶詰めを利用しています。トウールでのホームステイ先でもいろんな野菜の缶詰めが付け合せにでてきましたが、どれも美味しく、パリでの自炊生活では使いたいな、と思っていました。価格も安く、大体400gサイズで1ユーロでおつりがくることが多いです。常に買い置きをしているものは、グリーンピース、鞘インゲン、西洋ごぼう(白く、くせのない柔らかい野菜で、どのお料理にも使えるしサラダにしてもそのままでも美味しい)、です。日本もよく使っていたトマト缶はもちろんここでも常にキッチンにおいています。先日はレンズ豆とたまねぎ、にんじんの蒸し煮缶を買ってみました。クスクスの付け合せにしてみようかな、と思っています。

 

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パリ編8、パリのケーキ屋さん

 いまや、パリの有名店はすでに東京に出店している、とも言われ、ガイドブックで紹介されたお店には日本人が写真や記事を持参して行列を作っている、とさえ言われています。たしかにお店は多く(京都のお饅頭屋さんやお寺、のように)、私の住んでいる界隈にも5軒あります。ただ、お店によっては当たり外れが大きく、期待していても食べてみたらよくこれで、といいたくなるようなケーキに出会うこともあります。

 先日、よくバゲットを買うケーキ屋さん兼パン屋さんで毎日みては美味しそうだな、と思っていたミルフォイユをついに買ってみたのですが、今までこんなに美味しくないケーキに出会ったことはない、と思えるくらいの商品でした。ほかのケーキはそれなりに美味しかったのに残念です。(平均単価は3ユーロです)

 ケーキの価格はお店によりかなり差があり、単価7ユーロクラスのケーキは日本でもよく知られているピエール・エルメ、ラデュレ、ジャン・ポール・エヴァン、カレット、ルノートル、ダロワイヨなどの有名店になります。ジェラール・ミュロは割と良心的な価格(4ユーロでおつりがきます)ですが、日本でも知られているこれらのお店はどれを食べてみても、レベルの高い、期待を裏切らない美味しさだと思いました。(好みの問題は別として)

 昨年、日本でもテレビで紹介されていた、日本人女性渡辺美幸さんがパリで経営されている、ラ・プティト・ローズにも行きましたが、繊細で美しいケーキは輝いていました。サロン・ド・テもあり、大変美味しく、大満足でした。価格設定もこれなら、と納得できました。このお店の界隈には土曜日の夜までやっているマルシェもあり、美味しいチーズをうっているお店も見つけられたし、私のお気に入りの場所でもあります。

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パリ編7、スーパーで見つけた食材

 日曜日にはお店が閉まる、など日本人には信じられないフランスの事情ですが、深夜まで営業している大手スーパーがあったり、日曜日でも開いている小さな八百屋さん、早朝7時にはバゲットが焼けているパン屋さん、などこれもフランスです。

 私がよく利用するのは、大手スーパーのモノプリで、毎日乗り換えるメトロの駅近くにかなり売り場が充実している店があります。食材、電化製品、コンセント、電球、コップ、調理器具、文房具、服、とここにきたら大体間にあいます。

 食材では、骨付きウサギもも肉、子牛肉(ステーキ用)、鴨の胸肉、骨付きもも肉、ホロホロ鳥や鶏、鴨一羽のまるごと、それに七面鳥の肉は安いせいかよくみかけますし、あっさりしていて使いやすいので食卓によく登場させてます。先日、七面鳥の骨付きの腕肉があり、安かったもので、トマト、赤ワインと煮込み、ズッキーニ、赤ピーマンも加えてバスク風にアレンジしてみました。が思っていたよりは脂が浮いてきて、掬い取ったのですが、かなりの量でした。七面鳥はぱさぱさ、というイメージがあったので意外でした。

 牛乳はほとんどのものが低温殺菌ですが、安いとは思えませんが、フロマージュ・ブランは安くて日本では信じられないような値段です。モノプリ価格では500gのパックが約250円くらいです。チーズの種類も豊富で、日本でよくみかけるブランドやその他が多く、選ぶのに迷います。ヨーグルト、フロマージュ・ブランは脂肪含有率が0%のものもあり、ダイエットと無関心ではいられないようです。私は脂肪分0%が好きです。

 

 

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パリ編6、パリのマルシェ

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 マルシェ(レトルトカレーの商品名にもありますが)は訳すると、市場、で語源はラテン語ですが、その昔、卸業者が市で売れ残った商品を町中で売りさばいたのが始まりで、ここパリには常設市場、週2、3回大きなホールで開かれる市場、それに広場や大通りに立つ朝市(午前7時くらいに始まり、大体午後3時頃には終わる)が約80くらいあります。

 旅行中は覗いたり、ちょっとしたもの、たとえばりんご1個、珍しいジャム一瓶くらいしか買うことができませんでしたが、生活しているのなら、ここで食材を買いたい、と先週の日曜日にラスパイユ通り(メトロ10、セーブルバビロンヌ、又はメトロ12、レンヌ)で開かれているビオ(オーガニック)のマルシェに行ってきました。土付きのじゃがいも、にんじん、小さな不ぞろいな形のりんご、蜂蜜、色の鮮やかではないジャム、色の黒いパン、ウサギ、牛、鳥、豚肉、加工品、美味しそうなお惣菜、など、少々値段が高いかな、と思えましたが、健康によさそうです。

 瓶に詰めて売られているヨーグルト、フロマージュ・ブラン、牛乳は瓶のリサイクルをしているのもいいな、と思い、重たかったのですが、ヨーグルト800g入り一瓶を買いました。私の買ったその店では、次回にもって行けば25サンチームが返却されます。

 次回はムフタールのマルシェ(常設)に行ってみたいです。

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パリ編5、インターネット

 ここフランスでは無線によるインターネット接続が主なようです。マクドナルド、スターバックスではパソコンの持ち込みでインターネットをしている人の姿をよくみます。駅、公園、図書館などの公共の場でも、無線接続の出来るパソコンなら、OK、と旅行ガイドブック(地球の歩き方)でも紹介されていましたが、実際に無線WIFIゾーンでためしてみたところ、モンパルナス駅は電波は強いものの、接続のためには3ユーロのプリペイドカードが必要となり(そのカードにあるコード入力が必要です)、場所によっては曜日、時間限定であったり、接続のためにはフランス語か英語の説明に従う必要があったりで、だれでも、いつでも、というわけにもいきませんでした。

 マクドナルドではパソコン音痴の私でも簡単に接続できましたが、利用するため、ハンバーガーを注文しました。数年ぶりにマクドナルドで食べましたが、お馴染みの胡麻つきバーンズパンではない、フランスのかたいパンのハンバーガーは悪くはありませんでした。

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パリ編5、フランスの野菜

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 観光でフランスに滞在している時にはあまり気にならなかった物価には、生活するとなると、ケーキの価格の地区差、外食の不経済さが当たり前のことながら、細かくなります。

 最初に滞在した地方都市トウールとついつい較べてしまうのですが、自炊するとなると安上がりなので、まずはアパートにはない煮込み用の直径24cmの鍋を買いました。クルーゼの重い鍋を、と思ったのですが、あまりの高価格であきらめ、大手スーパー、モノプリで手頃なものにしました。

 ウサギの骨付きもも肉と缶詰めのグリーンピースとミニキャロットの蒸し煮を最初に、それからちりちりとした葉のキャベツでロールキャベツ、丸いズッキーニと酸味の強いトマトで肉詰めの白ワイン煮、夏野菜の南仏煮込みのラタトウイユ、とここでしか買えない食材で作ってみました。

 トマトは丸いもの、房のまま売られているミニトマト、楕円形のもの、と形にバラエテイはありますが、酸味が強く、果肉もしっかりしていて煮込んでも崩れません。マルシェで、緑かかったクマト、という名で売られていた小粒のトマトをみつけました。ブルターニュの特産品で、甘く、日本では塩トマト、として売られているものと似ています。キャベツは柔らかくなるまで時間はかかりますが、糸でしばらなくてもきれいなかたちのままで煮上がり、キャベツ独特の香りもうすく、日本のキャベツみたいにすぐ煮崩れしません。お菓子ではよくつかわれるへーゼルナッツですが、殻を割って生の実を食べることも知りました。

 ウサギ肉は日本では冷凍の骨付き胴体のカットされtものしか買えなかったのですが、ここでは、骨付きもも肉が安くはなくてもごく普通のスーパーでも買えます。缶詰めのグリーンピースとミニキャロットの蒸し煮はトウールでステイ先のマダムからもらったものですが私のお気に入りでもあります。野菜の缶詰めはとてもおいしいものが多く、便利です。

 次は、フランスの果物について書いてみます。

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パリ編4、製菓学校の授業スタート

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 パリに到着して3日目に製菓学校のコースが始まりました。12週間、ここで学ぶのだ、とホームシックが吹っ飛ぶ思いで15区にある学校に登校しました。一度は行った事がある所なのに、道を間違えかけたりで、集合時間に間に合ったものの、クラスでは最後の到着になってしまいました。

 第1週目の担当はオーストラリア出身のジェニファー先生で、フランス語はもちろん流暢ですが、英語でも説明してくださいます。クラスメートは私もいれて合計6人で、フランス人はパリ郊外に住んでいるジェローム、アメリカからやってきたマンダレナ、ジャステイン、この二人はアジア系です。日本人は神戸出身の妻鹿氏、大阪出身で、フランスに1年前から滞在しているえりかさんです。

 すこしホームシック気味で、フランス語能力に自信をなくしていたのですが、ここにきて、やっとほっとできました。トウールにいたときは、日本の生活をどこかで引きずっていましたが、ここはフランスなのだから、ここのやり方、習慣に従おう、いろいろトラブルがあったとしても、めげずにいよう、と思いつつも、足手まといの困ったおばさんとみられるような振る舞いをしてばかりの私でした。せめて、しゃんと立っていたいです。

 授業は、金曜日は午前中のみで、あとは朝8時30分開始、時々休憩もありますが、昼休みの1時間がすむと夕方5時過ぎまででした。一日の終わりには、教室をキチンときれいにし、(床ふきはしない)、着替えて学校を出るころは6時近くになります。講習はシューの製品、エクレア、ルリジュース、サントノーレ、パリブレスト、ミルフォイユ、ガトーオペラといったクラシックなフランス菓子、それにクレームブリュレ、クレーム・カラメル(いわゆるカスタード・プリン)、お米をミルクと砂糖、オレンジ表皮すりおろしとバニラで煮込んでからクレーム・シャンテイを混ぜた、又はババロア生地と混ぜたデザートでした。

 金曜日には時々テストをする、ということなので、緊張しています。(日は未定です)

 自分がいかになにも出来ないか、すぐ人に頼ったり、甘えたりで、この齢では情けないと今までの旅行や一週間の短期講習では気がつかなかった自分のいやな面を見てしまった一週間でした。でもここに来て良かったと思える時間を過ごすためには自覚が必要でもあります。週末は掃除、洗濯、マルシェでの買い物、とやることは多いですが、来週のためにできるだけそとで人と接するようにします。

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パリ編3、パリで食べたケーキ

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 ここパリはどこのお店もケーキが高いというわけではなく、私の住んでいる界隈では、トウールとあまり値段の差がありすぎてびっくり、なんてことはありませんが、観光スポットにはサロン・ド・テのあるお洒落な素敵なお店が多くてそこに来てみれば、ああ高いなと思いました。観光客としてきているのなら払えるけど、生活をしていると2の足をふみます。

 それでも、食べてみたのが、オペラ座の前にあるカフェのミルフォイユ、モンブランで有名なアンジェリーナのミルフォイユです。トウールのお店では表面にフォンダンがかかり、屋羽根模様が書かれていて教科書通りだけどクラシックだな、と思いましたが、ここではどこか洗練されてみえたのは、気のせいでしょうか。場所にもよると思いますが、これからあれこれ探してみたいです。

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パリ編2、エッフェル搭に登りました

 ここパリは観光の街だけあって、各国から多くの旅行者が訪れます。トウールにも旅行者は多かったのですが、なにか雰囲気が違うようです。

 ケーキ屋さんは到着後2日目に早速、見つけました。私のアパートは、通りの名前、  ANKARA(トルコ大使の名前)で想像できるように、トルコ大使館がすぐ近くにあり、通りを隔てて向かいには公園があります。そこで、お散歩の最中のロシアンブルーの猫君に会いました。彼とは昨日にも別のところで初めて会っているので思いがけない再会で、嬉しくなりました。静かな住宅地ですが少しあるいてメインストリートともいえるパッシー通りにでると、ホテルが並び(デラックスホテルではありませんが)、八百屋さん、大手スーパー、ワイン屋さん、と生活のにおいがするところがあり、ケーキ屋さんも2軒あって、値段もトウールよりは少し高いくらいで、クロワッサン、ブリオッシュといったバゲットよりは高い商品もギョとする値段ではなく、週末の朝食に買えそうです。

 パリに来たのだから、と今までいったことのなかったエッフェル搭に登ろう、と朝10時に到着したところ、すでに行列が4本の塔の脚部を取り巻くようにしてずらっと並んでいて、高所恐怖症の私には300mある塔のてっぺん近くまでいくのは無理だと、一番低い1階にしました。エレベーターではなく階段を登ったのですが、ケルンの大聖堂の塔の階段よりは楽に登れました。そこにはポストがあって、ここで郵便物を出すとエッフェル搭のスタンプがつく、と聞いていましたので、2通のエア・メールを出しました。

 明日18日から、製菓学校での研修が始まります。がんばりたいです。なにかしていればホームシックなどなくなるし、前向きになれる、と思います。

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パリ編1、パリは今、バカンスです

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 4週間滞在したトウールは、私にとって、忘れられない街になりました。お世話になったステイ先のお二人にお別れするのはとても悲しくて、子供みたいに抱きついてぽろぽろ涙をこぼしてしまいました。

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 パリでの生活はトウールよりは最初からなにか不安で、異国にいてフランス語を喋って生活しているのに、なぜか、違和感を感じなかったのが、ここパリに来た時、ああ、私は遠い異国でたった一人なのだ、といままで旅行では感じなかった思いにとらわれ、トウールでの生活、日本にいる家族のことを思い、涙がにじんでくるのを止められず、これがホームシックというものか、と感じました。パリに知り合いはいるし、いまや、日本人サポートシステムが機能している日本人コミュ二テイはあるのでそこにかけこめばなんとかなる、ということはあっても、ここで私はたった一人とついついそこに考えがいってしまいます。18日から学校が始まるので、そうなれば余計な事を考えずにすむでしょう。

 パリでの問題は、思ってもいなかったことばかりで、どうしたら事態がいい方向に向かうか、私が立ち向かわねばならない事がいっぱいのように今は思っています。

 パリはバカンスシーズンとあって観光客の街になっているようです。フランス人はバカンスででかけているせいか、私が住んでいるアパートもその周辺も静かです。観光スポットには多くの賑わいがあり、トウールとは又違った雰囲気です。

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