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2009年5月12日 (火)

日本からルノートルのブテイックがなくなるなんて・・・。

 本日、ネットにてケーキ材料を注文しようと、約3ヶ月ぶりにそのサイトをあけたところ、(日本からルノートルは撤退)というニュースがトップにでてきてあまりにも突然に思えて注文のことなどすっかり頭から飛んでいってしまい、しばらくはその画面を見つめているだけでした。

パリ市内に15軒、海外にも広く進出し、かつては日本に12軒、世界中12カ国にも多くのブティックがある国際的な企業でもあるルノートルは、ノルマンデイー出身の、お菓子の神様、現代のフランス菓子の親ともいえる製菓職人ガストン・ルノートル氏が一代でおこしたブランドです。パリ郊外にあるプレジールという町にラボを建て、量産体制を開始した最初の菓子職人でもあるルノートルさんはラボに隣接して製菓学校もつくり、職人教育にも力を注いでいました。

 日本にルノートルが進出したのは1979年で、西武池袋店を皮切りにセゾン系の商業施設に順次出店していったようですが、西武百貨店がない京都、大阪梅田には進出しなかったため、関西ではなじみがあまりないといってもいいくらいでしたが、初めて受けた製菓の講習が、パリ郊外にあるルノートルの本校だったため、私にとっては特別な存在で、6年前から年に一回は講習を受けにフランスまで出かけ、学んだお菓子達はほとんど私のレパートリーに組み入れ、教室でも登場させていました。昨年のパリ滞在中、住んでいたアパートの近くにブティックがあり、よくケーキを買いにいったものでした。

 すでに引退されて、公の場に姿を現すことも少なくなってしまったルノートルさんと、たまたま、大変ラッキーなことには一緒に写真におさまる、というまたとない機会を得られましたのは約5年前に参加した製菓研修でのことですが、その日はなにか雰囲気がいつもとちがうな、と思っていたら、ルノートルさんが来られる、と教えられ、 校長先生と一緒に姿を私達の前に現し、おお、お菓子の神様が下界に降り立たれた、とぽかんと口をあけてみとれていました。授業中でしたが、製作中のお菓子をみて、担当教授になにかおっしゃっておられ、最後に私達と写真をとって下さいました。

 今年2月中頃のことですが、新聞の3面に、九州の第一経営倒産、という記事が小さくのせられていて、神田精養軒の営業権も持っているお菓子の製造業、と紹介されていて、ああ、そうなの、と頭にとめていましたが、ルノートルにも関わりを持っていた、と知ったのは前述のインターネット記事で知りました。

 ルノートルの商品を実際に作っていたのはレストラン西武、というところで、その後、2009年2月1日に営業譲渡されたのが、前述の九州第一経営でした。しかし、約2週間後に倒産してしまいました。そして4月25日に日本で全店撤退が決定となった、とのことです。その上、創業者のルノートルさんが今年1月亡くなられたことも初めて知りました。

 パリの有名店、国際的なブテイックといえども日本における経営基盤は磐石ではないのか、となんともいえない思いです。あのルノートルさんの笑顔をまぶたに思い浮かべ、御冥福をお祈りいたします。

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コメント

初めまして、九州、佐賀の田舎町にて洋菓子店を経営しています。私の師匠と後輩がガストンさんのお墓参りをしてくれました。その画像を当店の「店主の時々ブログ」というページにUPしました。よろしければ、御覧下さいませ。
残念ながら、わたしは「エコール・ルノートル」やプレジールの工場には行けずじまいでした。ガストンさんが亡くなり、「ルノートル」のお店が無くなった今、私の青春時代が終わったような、そんな今日この頃です。

投稿: ふりあんパパ | 2009年6月27日 (土) 02時10分

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